子供の頃のように

自由と幸せ。好きなように散歩したり、本を読んだり、気ままな生活の日記です。twitter始めました。@edaywalk

USA7 1回目のニューヨーク

まだアパートに引越す前のことです。

学校が、ニューヨーク旅行の企画を立てました。

3月17日にセント・パトリクスデーのパレードがマンハッタンであります。これを見に行くツアーです。

セント・パトリクスデーはアイルランド人のお祭りで、マンハッタンのパレードは有名だそうです。

グリーンはアイルランドの色です。アイルランドの人は、グリーンの瞳も多いらしく、パレードでは帽子などグリーンの色がいっぱいだと学校の事務局の人が教えてくれました。

 

 

トマト博士

まだぼくが寮にいる時に、メキシコから日本人の中年男性がELSにやってきました。

この人は農業博士でトマトの専門家でした。

日本のトマト加工食品の会社と言われて、皆さんのほとんどが思い浮かべるあの会社の人でした。

 

あらゆるトマトの品種を研究している人で、ここに来る前は、メキシコで育つ品種を研究していたらしいです。今度は、アメリカのトマトの品種の研究を大学研究室でするためにやって来て、事前に英語を勉強するとの事です。

前はメキシコにいただけあって、スペイン語はペラペラで、南米の連中とも流暢に話しをしていました。

 

1ヶ月ほどELSにいたのは憶えていますが、その後の記憶が無いので、おそらく大学の研究室に行ったのだろうと想像します。

 

このトマト博士と一緒にぼくはニューヨークのセント・パトリクスデーパレード見物ツアーに申し込みました。

 

ニューヨーク

ニューヨークに行ったら、泊まるホテルは、タフトかエンパイアと学生たちの間では有名でした。

安いのです。両方とも今あるのかどうかは知りません。

このツアーで泊まったのは、ホテル・エンパイアでした。

セントラル・パークの南端あたりにありました。

古くて、それほど背が高くなくて、落ち着いたホテルだったような記憶です。

 

ツアーに申し込んだ人達は、学校のバスに乗って、大学の辺りから空港に行き、飛行機でニューヨークへ行きました。JFK空港に着陸です。

ホテルの部屋はツインに2人ずつ。

ぼくはトマト博士と同じ部屋でした。

 

着いた日は、観光バスに乗って市内観光。

ブロンクスの辺りをバスが走っていたら、何かぶつけられたのは憶えてます。ちょっと緊張。

その頃のニューヨーク、と言うか、ま、今はどうか知りませんが、とにかく地下鉄に乗るとヤバイとか、セントラルパークも1人で行くと危険だとか、いろいろ言われてました。

とにかくニューヨークは危ない街というイメージでした。

観光バスは、我々一行の借り切りでしたが、ガイドはオッサンで、やたら早口で喋りまくるし、どこかのポイントでバスを降りて、再集合して、再び発車するときも、ぼくたちをチェックはしてくれず、積み残して走り出すような、と言うか、置き去りにされた生徒はいました。

学校から一緒に来た先生たちも、自分の旅行というスタンスで、かなり放し飼い状態のツアーでした。

自己責任。アメリカですから。

 

クリーブランドとは全然景色が違い、観光バスの中で、ぼくたちは、はしゃいでました。都会です。初めてのマンハッタン、興奮しました。

そして、観光バスが終わった時点で、「後は、お前ら好きにしな」という事です。

 

夕食は寿司を食べるつもりでした。トマト博士も調べて来たのでしょう、具体的に店の名前とだいたいの場所をメモしてました。

クリーブランドは、嘘の日本食レストランはあったのですが、美味しい寿司屋なんて聞いたこともありませんでした。飢えてました。

それにニューヨークの寿司屋は美味しいと聞いていましたし。

2人でタクシーに乗り込み、運転手にメモを見せて目当ての店に行きました。

美味しかったです。

地方都市で英語生活というストレスをぶっ飛ばすくらい美味かったという記憶です。

日本のビールも美味かった。幸せ。

 

次の日は、トマト博士と自由の女神を見に行こうと言う事で、タクシーを捕まえ「スタチュ オブ リバチ」とトマト博士が焦って言うと、流石にそれは通じず、しかも我々は、目的地にタクシーでは行けない事も知らずに、とにかく連れて行けという体たらく。

マンハッタンの南端のバッテリー・パークまでタクシーは連れて行ってくれました。

その公園の船着場から、向こうに見える島に行くフェリーがあるからと運転手は親切に教えてくれるのですが、まあ、こっちは半分より多め程度しか理解できず、自信なさげにウロウロしていると、さすがにそこら辺にいる人たちは自由の女神を目指すお上りさんばかりなので、人混みがぼくたちをフェリー乗り場まで連れて行ってくれました。

 

自由の女神の立っている島に上陸し、訳の分からない状態で、女神の内部に押し流され、急な階段を上まで上がりました。

太ももの前部が、ものすごく疲れました。

これ以降、ぼくは観光地の背の高い建造物を登ることを出来るだけ拒否するようになりました。

 

フェリーで再びバッテリーパークに戻り、当時は存在した貿易センタービルに入ったように思うのですが、それが前日のバスツアーのことだったのか、ちょっと自信がありません。

エンパイアステートビルやロックフェラービルにも行ったのは間違いありませんが、これらはバスツアーだったと思います。

 

メイシーズに入って買い物したりとか、完全にお上りさんです。

どこかの店でコーヒー飲んだ時に、チーズケーキを食べたのですが、すごく美味しかったのを憶えてます。店の名前をメモでもすれば良かった。

 

肝心のセント・パトリクスデーのパレードは五番街で行われます。

本当にグリーン。みんなグリーンの帽子などを身につけて見物しています。もちろんパレードの列自体はグリーンのコスチュームです。

見物客を見ていると、グリーンの瞳の人もけっこういました。

盛大なパレードでした。

 

最終日、参加者全員無事に集合。

JFK空港の売店で、例のリンゴの絵に I ❤️ N・Y と書かれたのシャツを買いましたが、トマト博士は、リンゴではなくトマトが描いてあるのが無いのかと店員を追い詰めていました。

ああいうところは、やはり専門家、英語が得意でなくてもトマトに関しては食い下がります。また、相手をするアメリカ人も、面白い人だと思うようです。

やはり、英語を話すことより、何を話すかです。

 

話すべきことがあり、どうしても他の人がその人の話を聞きたければ、極端な話、日本語を勉強するか通訳を雇ってでも話を聞こうとします。

どんな事でも良いから、話すべき何かを持つことが大事なんだと、ぼくは思うんですけどね。

 

なんてことを言いながら、飛行機はクリーブランドの空港に着陸し、ぼくたちはバスで寮に戻りました。もう夜になってました。