なんか、どこかのVLOGみたいなタイトルになってしまいました。
さすがにサンフランシスコは観光地で、観光案内がすごい充実です。
ホテルの近くに大きな案内所があり、ぼくとしてはバスツアーみたいなのがあると良いなあと考えてました。
適当なのを選んで、窓口で聞くと、日本語の案内ツアーがあるよと教えてもらいました。
それだ。
日本人には日本語。
もうすっかり英語を勉強する必要から解放されたぼくは、リムジンで案内してもらえる小規模な市内ツアー日本語版を申し込みました。
集合場所がどこだったのか忘れましたが、とにかくリムジンに乗り込みました。
運転手は白人の初老男性。この人は英語だけ。
ガイドは助手席に乗る日本人(だと思う)お姉さん。
1日で市内の主要ポイントを回ってくれます。日本語で。
けっこう良かったです。
終了後は、それぞれの都合の良い所で降ろしてもらえるので、リトルトーキョーで降りて、寿司屋に入りました。
翌日の危機
翌日は単独行動で市内をうろつき、フィッシャマンズワーフにでもと思い、ホテルを出ました。
昨日のツアーで、現在ケーブルカーはメンテで走っていないと聞いていたので、バス利用だなと考えていました。
サンフランシスコに来る前に、友達から、サンフランシスコはマーケットストリートの向こうには行くなと聞いていました。
そのマーケットストリートを歩くと、メキシコ人と思われるオッさんが
「オハイオ」と言ってきたのです。
オッさんは、また「オハイオ」と言います。
何でぼくのことを知っているのだろうと、思わず立ち止まってしまいました。
このオッさんは「オハイオ」ではなく「おはよう」と言っただけなのです。
日本人に声を掛けたのです。
ぼくは、クリーブランドにいるメキシコ及び南米から来た連中が、ぼくが日本に帰るついでにサンフランシスコに寄ると、自分の知り合いに話したのかと思ってしまっていたのです。
そうでないと、「オハイオ」なんて聞いてこないと思い込んでしまってました。
ちょっとオッさんと話をしてしまい、スペイン語を話す友人たちの名前を言ってみたりしてました。
オッさんは、フィッシャマンズワーフに行くなら、バスの乗り場まで案内してやると言うので、付いて行きました。
いきなり、マーケットストリートの向こうに渡りました。
あれ?と思いましたが、すぐ近くにバス停があるのだろうと思いました。
メキシコ、南米方面の友達のこともあったし、街に着いた時のタクシーの運転手の親切も思い出され、油断してたんですね。
すぐにヤバイと思いました。
歩いている通りの風景と雰囲気がダメです。
ここで逃げたら、やられます。
ポケットの中の現金の額を思い出しますが、それほど大金ではありません。金が少ないと、殺されるんじゃないかなんて。
逃げたい。
でも無理。
ぼくは、メキシコ、南米の知り合いの名前を並べ立てました。
日本人とメキシコ人は良い友人なんてニコニコして言いました。
もう一度、友達の名前を並べて、みんな大好き、メキシコ大好き、メキシコは良い友達などと言っていると、突然、オッさんが立ち止まりました。
「おっと、道間違えた」
そんな事を言い、オッさんは来た道を引き返し、本当のバス停に連れて行ってくれました。
ニコニコして、サンキューなんて言って、別れましたが、震えそうでした。
やばかったです。
助かりました。
アメリカなめてました。