子供の頃のように

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USA23 サンフランシスコで危機一髪、スペイン語は危険な香り

なんか、どこかのVLOGみたいなタイトルになってしまいました。

 

さすがにサンフランシスコは観光地で、観光案内がすごい充実です。

ホテルの近くに大きな案内所があり、ぼくとしてはバスツアーみたいなのがあると良いなあと考えてました。

適当なのを選んで、窓口で聞くと、日本語の案内ツアーがあるよと教えてもらいました。

それだ。

日本人には日本語。

もうすっかり英語を勉強する必要から解放されたぼくは、リムジンで案内してもらえる小規模な市内ツアー日本語版を申し込みました。

 

集合場所がどこだったのか忘れましたが、とにかくリムジンに乗り込みました。

運転手は白人の初老男性。この人は英語だけ。

ガイドは助手席に乗る日本人(だと思う)お姉さん。

1日で市内の主要ポイントを回ってくれます。日本語で。

 

けっこう良かったです。

終了後は、それぞれの都合の良い所で降ろしてもらえるので、リトルトーキョーで降りて、寿司屋に入りました。

 

翌日の危機

翌日は単独行動で市内をうろつき、フィッシャマンズワーフにでもと思い、ホテルを出ました。

昨日のツアーで、現在ケーブルカーはメンテで走っていないと聞いていたので、バス利用だなと考えていました。

 

サンフランシスコに来る前に、友達から、サンフランシスコはマーケットストリートの向こうには行くなと聞いていました。

そのマーケットストリートを歩くと、メキシコ人と思われるオッさんが

オハイオ」と言ってきたのです。

そう、ぼくはオハイオ州クリーブランドから来たのです。

オッさんは、また「オハイオ」と言います。

何でぼくのことを知っているのだろうと、思わず立ち止まってしまいました。

 

このオッさんは「オハイオ」ではなく「おはよう」と言っただけなのです。

日本人に声を掛けたのです。

ぼくは、クリーブランドにいるメキシコ及び南米から来た連中が、ぼくが日本に帰るついでにサンフランシスコに寄ると、自分の知り合いに話したのかと思ってしまっていたのです。

そうでないと、「オハイオ」なんて聞いてこないと思い込んでしまってました。

 

ちょっとオッさんと話をしてしまい、スペイン語を話す友人たちの名前を言ってみたりしてました。

オッさんは、フィッシャマンズワーフに行くなら、バスの乗り場まで案内してやると言うので、付いて行きました。

いきなり、マーケットストリートの向こうに渡りました。

あれ?と思いましたが、すぐ近くにバス停があるのだろうと思いました。

メキシコ、南米方面の友達のこともあったし、街に着いた時のタクシーの運転手の親切も思い出され、油断してたんですね。

 

すぐにヤバイと思いました。

歩いている通りの風景と雰囲気がダメです。

ここで逃げたら、やられます。

ポケットの中の現金の額を思い出しますが、それほど大金ではありません。金が少ないと、殺されるんじゃないかなんて。

逃げたい。

でも無理。

 

ぼくは、メキシコ、南米の知り合いの名前を並べ立てました。

日本人とメキシコ人は良い友人なんてニコニコして言いました。

もう一度、友達の名前を並べて、みんな大好き、メキシコ大好き、メキシコは良い友達などと言っていると、突然、オッさんが立ち止まりました。

「おっと、道間違えた」

そんな事を言い、オッさんは来た道を引き返し、本当のバス停に連れて行ってくれました。

ニコニコして、サンキューなんて言って、別れましたが、震えそうでした。

やばかったです。

助かりました。

アメリカなめてました。