名探偵ポアロ・シリーズの10作目として書かれた、1935年の作品です。
ヘイスティングズは登場しないので、三人称で書かれています。
パリからロンドンに向かう飛行機の中で、セレブ相手の貸金業を営むマダム・ジゼルが殺害されます。
機内に蜂が飛んでいたのですが、はたしてマダム・ジゼルの首筋には蜂に刺されたような傷があります。
蜂に刺されたショックで亡くなったのか。
しかし、偶然その飛行機に乗り合わせていたポアロは、被害者の足元に吹き矢の矢を発見します。その針には人を即死させる程の毒が塗られていました。
やがて、吹き矢の筒も発見されます。
パリからロンドンまでの飛行ですから、それ程の時間はかかりません。飛行機自体も大きなものではなく、犯行現場となった後部客席にいた乗客は、被害者も含めて11人。衆人環視の客室内で、被害者の側に行った乗客はなく、吹矢筒に口をつけてねらい定めるような行動をとった者はいません。
大空の密室を舞台とした不可解な事件にポアロの灰色の脳細胞が挑みます。
という感じの話です。
例によって、アガサらしくロマンスも仕込まれており、なんとなくテレビドラマ向けな感じかな。
ツッコミどころがあります。ぼくはあまり気にならない方ですが・・・まあ気にしないで下さい。
よくできた作品なのですから。
このポアロシリーズの紹介は、完全ネタバレ無しで書いてますけど、書いてる方はネタバレに近いようなことを書きたくなります。
でも、我慢。
被害者のマダム・ジゼルは、本名マリー・モリソーで、若い頃は美人でした。
でも天然痘を患い、美人ではなくなりました。
彼女はセレブ相手の金貸しで、事前に相手を徹底的に調べて、貸す相手のスキャンダル等弱みを握り、それを担保に金を貸すのです。
返済をしなければ、そのネタをバラすと脅して貸金を回収します。
セレブ相手なのは、そういう脅しに弱い人たちだからです。
ただ、掴んだネタを利用するのは、貸金回収のためであり、相手を強請ったりはしないのです。
さあ、彼女から金を借りて、返済ができなくなっている人が飛行機に同乗していたらどうでしょうか。
はたまた、マダム・ジゼルは若い時に女の子を産んでいます。
娘は孤児院で育ちました。母親は彼女に会いには来ませんでした。
今は成功した金貸しで、マダム・ジゼルはお金持ちですけども、そうなる前は苦労してたのです。
もし自分が死んだら、莫大な財産は、昔捨てた我が娘に譲ると遺言を書いてあります。
彼女の死を願う理由が、もう一つ出てくるでしょう。
毎回言いますが、アガサ・クリスティーは、ミステリーの女王であると同時に、優れた作家です。
ろくでなしの夫が、すぐに戦争で亡くなり、我が子を孤児院に入れなければ生きていけなかった美しい女性、そして病気で美を失ったけども金銭的には大成功した女性の人生、彼女の捨てた娘、金貸しに弱みを握られているけども借金返済ができずに破滅寸前の人物、フランスに休暇旅行に行き出会った素敵な男性が、帰りの飛行機で自分のすぐ前の座席に座っている偶然に胸をときめかせる若い女性、いろんな人たちの人生が交錯し、不可解な殺人事件が引き起こされ、その解決のために関係者の人生に立ち入っていく名探偵エルキュール・ポアロ。
ちょっと無理があったりするけれど、上手な作品ですよ。