子供の頃のように

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石原慎太郎 「天才」

表紙の写真を見れば、どういう本なのかすぐにわかる。

田中角栄の伝記のような本だ。著者が石原慎太郎でなければ、多分読まなかった。

2016年に出された本だと思う。

 

天才

天才

 

 

ぼくは電子書籍で読んだ。

不思議な本だ。「伝記のような」と書いたが、資料的な本ではない。と言うか、伝記を書いたつもりでは無いのだろう。

一人称で子供の頃から亡くなるまでを書いている。

政治家でもあった小説家が、政治家としてじかに接して、田中角栄という人に魅せられて、必要な時間の経過の結果、書いてしまったものだと思う。

 

田中角栄の人生の大まかなことは、この本を読まなくても知っている。

今太閤、ロッキード事件、影将軍、裁判、病死。

この本は何なのだ。

「俺」という一人称で語られる物語が一体何なのか、実はよく分からない。

「俺」は映画が好きだ。「心の旅路」など、昔のハリウッド映画の話が小説の中にちょくちょく出てくる。

ああ、そうだ、この本は小説なのだ、きっと。

 

最期に、妾だった辻という女から電話が掛かってくる。彼女との間には子供までいる。彼女と子供達は皆大丈夫だと辻は伝える。脳梗塞でちゃんと言葉が喋れない「俺」は、アーとかウーとかしか言えない。見かねた看護婦が、受話器を取って「ちゃんとうなずいてらっしゃいます」と返事をしてくれる。そんな簡単な会話が終了して、「俺」は昔見たハリウッド映画を思い出す。

「裏街」という映画だ。

田舎町で男女が知り合い、二人で町を出ようとしたが、思いがけない出来事のために、女が約束の船に乗り遅れ二人は離れ離れになる。数年経ち、二人は再会する。

男はすでに家庭がある。女は影から見守る。男の息子はやがてそれに気付く。

男はヨーロッパに、息子を連れて行くが、重い病に倒れる。瀕死の彼に、心配した女から電話がかかる。

息子は怪しむが、男は昔のことを打ち明ける。息子に願って電話を取り継がせ最後の会話を交わす。

そんな映画だ。

 

「俺」は、辻からの電話の翌日、深く永い眠りに落ち込んでいく。

というのが、最後のシーン。

 

全体に、夢を見ているような作品だ。

 

話が終わってから長い後書きがある。

その中に、作者がテニス場のクラブハウスで、偶然、田中角栄に出会ったエピソードがある。

同じ自民党だが、角栄の批判を行った立場だった。しかし、角栄が好きだったのだろう。

芥川賞作家が作品を書き終わっても、長い後書きを書かなければならないほどの破格の魅力を田中角栄は持っていたんだなと思った。

 

今週のお題「あの人へラブレター」