午後になって暗い空となってますが、今日の午前中は天気が良くて暖かかったのです。
久々に午前中の散歩に出ようかということになりました。
モーニングページが続いているのですけども、毎朝A4のノートを3ページ書くというのは1時間半ほどの時間がかかるので、早起きが辛いです。
文字もたくさん書きますから、ボールペンとかだと負担が大きいので万年筆で筆圧をかけずに書いてます。
不思議に書くことには苦しまずに済んでます。
ちゃらちゃらと字を書いているうちに昔のことなんか思い出して、記憶を頼りに書いたりすることもあります。何を書いても良いというルールですから。
今朝思い出したのは、子供の頃の豪雪。
38豪雪と言われている昭和38年の大雪です。ぼくは10歳でした。
2階の窓から出入りしたのは、あの年だけです。
雪の中を小学校まで行くと、休校になっていて、ああ嬉しいと喜んだような気がしてましたが、よく考えるとそんないい加減な休校というのは無いだろうと思いました。一番合理的なのは、保護者への電話連絡網があって、それで休校の連絡が親に入り、子供たちは親からうれしい知らせを聞いたのじゃないかな。
まあ、それでも雪の中を歩いて学校に行って「休校だ」と喜びながら家に帰ったような気が、いまでもしているのですけど。
上の写真の、中央部少し右上に写っている建物が、ぼくが通っていた小学校です。
この年は、2月になってから雪が降り出したように記憶しています。前年の12月くらいにスキーを買ってもらったのです。スキー板に付いているベルトでゴム長を固定する子供向けのスキーです。せっかく買ってもらったのに、年末年始は雪が少なくて遊べず残念な気持ちになっていたので、2月になってから本格的に雪が降り出して、ぼくは嬉しかったのです。
河原の堤防の土手を何度も滑り降りて遊んでました。
しかし、雪が止むことはなく、しばらくするとスキーで遊べなくなりに、毎日屋根の雪かきをして過ごしてました。
屋根から下ろした雪は下の道に積もり、その上にさらに降り積もる雪が重なり、ついに2階の窓から出入りするようになってしまったのです。
大変な災害でしたけど、子供は学校が休みになったのでうれしいのが大きかったですね。
そんなことを思い出しながら、3ページを埋めて、ノートを閉じて、台所に行き朝ドラを見た今日の朝でした。
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