福井は小さくて狭い町です。
それでも、散歩に出るときには、最低でも東西南北、それにちょっと遠出して歩いたりとかバリエーションがあります。
しかし、夕方に時間帯を変更してからは、コースは一つに絞られたりしてます。
何ででしょうか?
不思議ですね。その日ごとに、玄関を出ると、足が向く方に行くのですが、不思議に同じコースになります。
この落ち葉が銀杏の黄色い葉っぱだと良いのですが。
まあ、それでも枯れ葉が地面を覆っているてのは悪くありません。
ここは、ぼくが通っていた小学校。街の中心地が校区で、ドーナツ化現象のせいで今は半分は公民館になってます。子供が少ないのです。
小学校の目の前の風景です。
ここは中央公園。
ぼくが子供の頃は、砂利敷でした。
真ん中に熊谷子供園という公園がありました。
熊谷太三郎さんが市長だった頃に熊谷子供園というのを中央公園の中に作ったのです。いろんな遊具があって、ぼくも毎日遊びにきました。子供園の周りには銀色の柵があって、子供園を作るときにその柵の溶接のために飛んでいた火花を、ぼくは覚えています。
当時は、あまりうるさいことを言わなかったので、熊谷さんは、ぼくの通う小学校の全ての教室にテレビを寄付しました。ぼくが6年生の時で、その年に東京オリンピックがあって、ぼくらは授業中にオリンピックを見てました。
正確には知りませんが、熊谷子供園も、熊谷さんからの寄付があって作られたのだろうと思います。
公職選挙法が厳しくなりましたが、お金持ちの人が地元のために政治家になり、お金もたくさん使ってくれるのは、悪いことではないと思います。
小学校のテレビや、子供園なんか作らなくても熊谷さんは、当たり前に当選しますから。
福井でうまく行かなくなった会社とか、団体とか、みんな熊谷さんにケツを拭いてもらい、熊谷組が足元がふらついたことがあったのは、そのせいだろうと思います。みんなの面倒を見すぎたのでしょう。
子供の頃とは、ずいぶん景色が変わり、熊谷子供園も無くなりましたが、ぼくが夕方ここに来たくなるのは、市役所の5時の鐘の音が聞こえるまで、毎日ここで遊んでいたからかな。
夕陽に染まった、この辺りの風景が、懐かしいんです。