マイアミから帰っても、目的の研修が始まるまでちょっと時間はあったのですが、どんな風にしていたのか、よく憶えていません。
それなりに日常を過ごしていたんだと思います。
アメリカに来た目的の研修は、3回ありました。
1回の研修は1週間ほどしかありませんが、その研修と次の研修との間が1月ほど空いているので、やはりかなりの期間がかかりました。
で、研修はどうだったのか。
問題なく理解できました。
実は、向こうの会社も気を使ってくれて、ニューヨークで勤務している日本人の社員を1人、ぼくと一緒に参加させてくれたのです。
その日本人のIさんの顔を見ただけで、ぼくは安心して研修を受けられました。
リラックスしたおかげで、あれ、今何を言ったんだろう?とか、分からないとかいうのは、ありませんでした。
帰国後、日本で実践しましたが、これもうまく行きました。
目的のミッションは成功でした。
今、改めて「良かった」と思いましたが、当時は当たり前だと思っていました。
あまりマイナスのことは考えずに、やりたい事をやっていたんですね。
若かったんです。
日本への電話
自炊していたおかげで、食生活に問題は無く、アメリカでなんとか生活ができました。
でも、終盤、アメリカから日本への国際電話が、日本からアメリカに掛けるよりも随分安いことに気がついてしまったのです。
しょっちゅうでもありませんが、何回か掛けました、日本へ。
友達とかそういう所にです。勤務先には掛けなかったですね。
なんか話すわけでも無いのですが、ああ日本に繋がっていると思うだけで嬉しかったのです。
軽いホームシックかな。
安いと言っても国際電話なので、ほんのちょっと日本に触れる程度です。
こういう不便さみたいのも、ぼくには良かったんですね。
今なら、wifi環境を確保してスカイプかFaceTimeで、日本と話しまくれるし、テレビもNHKオンデマンドなどを契約して、海外から日本の動画配信を見るための何とかVPNとか言うのを契約して、テレビも映画も観れますので、今の便利な環境なら、英語は無理だったと思います。
あ、ちなみに、どういうわけか、海外からyoutube以外の日本の動画配信って見れないです。
見るには、何とかVPNとか言うのを利用する必要があります。
エアチケット
これも今ならインタネットで安いチケットを簡単に買えますが、当時はそんな便利なことは出来ませんでした。
その状況で安いチケットを買うには、通信販売を利用する手でした。
ぼくは、勤務先負担なのでエアチケット代を安くする必要は無かったのですが、どっかへ行ってチケットを手配するより電話で済んだので楽だったのです。
他の日本人の留学生に聞いて、そういう通信販売の会社を教えてもらいました。
登録すると、目先の日本方面のフライトが書かれているパンフレットを送ってくるのです。
そのパンフを見て、買いたいものを電話で頼みます。
で、研修が終了したので、日本に帰るエアチケットを買いました。
クリーブランドからサンフランシスコへ飛んで、観光の後、今度はロスアンゼルスに飛んで、数日いて、その後、ロスアンゼルスから羽田へというルートです。
ということで、アパートの電話を切り、ガス、電気も切り、自動車も返し、アパートも出ました。
最後の日、スーツケース二つ持って、アパートのホールのイスで空港に連れて行ってくれる車を待っていると、他の住人がやってきました。
目が合ったので、ハイと挨拶したのですが、ぼくはあんまり嬉しくて、
I’m going home と言いました。
その人は、Oh , You are coming home と言い直してくれました。
アメリカ人って、よくそうやって英語教えてくれるんです。
ということで、次は西海岸編です。