昨夜、9時頃に、何か観たいなと思ったのです。
何か、とはテレビ画面で観る類のものです。
だいたい10時には寝床に入りますから、1時間くらいで終わるもの。
だから映画じゃなくてテレビ番組になりますか。
通常のテレビ番組で観たいものは、その時点では何もありませんでした。
ということで、Prime Video で、何かを探したのです。
ありました。
アントニオ猪木名勝負10選
その1が、猪木対小林戦です。
1974年3月の小林との初めての試合です。
小林が猪木をカナディアンバックブリーカーで担ぎ上げて、決まったけども、仰向けに担がれてた猪木が下半身を巻くようにして反転し、足をリングに戻して、逆に小林を後ろに投げて、立ち上がりかけたところをバックドロップ、そして再び立ち上がったところをジャーマンスープレックスホールドでカウント3で勝ったあの試合です。
上に書いた最後のあたりは、今でも思い出せます。
ただ、この試合が50年前のものだったとは認識がずれてました。せいぜい45年くらい前だと思ってたのです。
その時の、自分の状況を思い違ってました。
ぼくは、自分が社会人になってたと思ってたのです。
しかし、実際は大学4年生、卒業式の時期でした。
だから、その試合をテレビで観たのは学生下宿だったのです。
周りの状況、ぼく自身の状況が、思っていたのと違うので、へえそうだったのかと、自分の記憶もちょっと修正。
そんなこんな、自分が若かった頃の思い出と共に、すごく若い猪木の姿を、まるで夢を見ているような気持ちで眺めてました。
試合開始から、地味なやり取りが続きました。
ものすごい緊張感です。
こんな張りつめたピリピリするような雰囲気だったのです。本当に地味なやり取りがずっと続きます。
そして両者がもつれ合ってリング下に落ちます。
二人の周りを、背中に新日本プロレスと書いたのと、ストロング小林と書いたジャージの若い連中が取り囲みます。
あ、この前亡くなったキラー・カーンの若い時、小澤って言ったっけ、の姿もあります。当時はただの若い衆でした。
そしてストロング小林が先にリングに上がります。
ちょっと遅れて、額から流血してる猪木がエプロンに上がりました。
アナウンサーが、リング下で小林に鉄柱にぶつけられて額を割った、なんて言います。
そんな動きあったっけ?
若い衆のせいで、リング下の動きがよくわかりませんでした。
リング内の小林が、エプロンにいる猪木を、ロープ越しにブレーンバスターで持ち上げ、リングに叩きつけます。
ここからカナディアンバックブリーカーとなり、上記の最後のムーブになります。
まさしく「序破急」。
物語の基本を押さえた、素晴らしい試合展開でした。
これはプロレスです。
展開をリードしたのは猪木。
ストロング小林という、他団体のエースをうまくリードして素晴らしい試合を観せてくれました。
見事です。
小林は、それほど器用なレスラーでは無かったような印象でした。その小林を使って、息詰まるような緊張感と、突然の展開と動き、そしてカタルシス、完全に納得し切れる結末を、悪魔のような演出力をもって猪木は提示したのです。
凡百のプロレス試合、両者がそれぞれ死力を振り絞って死闘を繰り広げ、両者ノックアウト状態になりながらも、最後に片方が得意技を繰り出し決着をつけるという、あのお決まりの退屈な嘘くさいパターンの試合と比べて、同じような展開にも関わらず、これほど興奮する試合が提示できるのです。
だいたいカナディアンバックブリーカーを、反転して切り返すというのは、昔から海外のプロレス試合などの中で、かなりよくあるパターンなのです。
似たようなバックブリーカーでもアルゼンチン式にすれば、こんなことにはならないはずなんだけど、あの切り返しを見せたいからカナディアンになるんです。
言ってみれば、ちょっと手垢がついてるパターンにも関わらず、序盤のピリピリした地味な展開のおかげで、あれほどの興奮を呼び起こしてしまうんです。
その辺りを、よくわかっている猪木。
すごいですね。何回観てもドキドキして面白いです。
名勝負10選だから、猪木の試合は後9個あるのですが、この10試合の中では小林戦がピカイチで、他に観たい試合は入っておらず、残念ながらこの番組はこれで観終わりかな。
ぼくが他に観たいのは、大木金太郎戦、ハルク・ホーガンとやって失神させられるIWGP決定戦、そして可能ならば昔々のジョニー・バレンタイン戦。きっと他にも思い出す試合があると思います。
小林戦は、また観よう。
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