子供の頃のように

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「鉄鼠の檻」京極夏彦を久々に読み返してみました

以前、京極夏彦の分厚いレンガのような本にハマってました。

この京極屋という古本屋が主人公?のシリーズにハマり、新しい作品が出るのを待って買ってきて、分厚すぎる本の扱いに困りながら読み漁ったのです。

たぶん、前世紀末から今世紀初頭にかけての頃だと思います。

何冊も家にあったのですが、捨ててしまい、もう一冊も手元に残っていません。

 

このシリーズと、チャンドラーとハメットの短編集数冊と阿佐田哲也の「麻雀放浪記シリーズ」は、手許に残してないことを悔やむ気持ちがわきます。

でも、本はさっさと捨てて手許に無いのが良いのでしょうね。

 

先日、図書館に行った際に、無性に読み返してみたくなり、とりあえずこの一作を借りてきました。

他の作品も読みたいのですが、なんとなく導入部の画像イメージが頭に残っていたのです。

 

鉄鼠の檻」も、やたら分厚いのです

文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)

文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)

  • 作者:京極 夏彦
  • 発売日: 2001/09/06
  • メディア: 文庫
 

Amazonからアフェリエイトを貼り付けますが、残念ながら文庫本のバージョンしか見つけられませんでした。

昔買ったのは新書版、今回借りたのも新書版です。表紙は新書版の方が好きです。

 

ページ数は825。分厚いです。読む時に、ページを支えるのが辛いくらい。

新書版は、上下二段印刷で、片段(半ページ)は23文字×18行で414文字升。まあ空白があるので、原稿用紙1枚くらい。上下で2枚。それが825ページで、絵だけのページもあるし、計算が面倒なので800ページとすれば、原稿用紙1600枚。

400枚くらいで長編小説ですから、超長編ですね。

 

 

ちょいとシリーズの紹介

このシリーズは、京極堂という古書屋の店主にして憑き物落としを行う主人公中禅寺秋彦、店名がそのまま呼び名になっている京極堂と、だらしのない小説家関口、そして相手の記憶みたいなものが見える能力のある探偵榎木津、その他の仲間たちが、奇妙な事件に遭遇して解決してしまうというような、ミステリーと言って良いのかちょっと迷うような、そういうものであります。

 

殺人事件なんかがあって、その犯人が判明していくのですからミステリーだと言ってもいいのでしょう。

ただ、推理して犯人を暴くのでは無く、罪を犯した登場人物に憑いているものを落とすのです。

その時は、主人公京極堂は、憑き物落としの黒装束に身を固めます。

黒い手甲に黒い足袋。黒い襟巻。

黒い着流には清明桔梗が染め抜いてあります。

黒下駄、鼻緒だけが赤い。

中禅寺秋彦京極堂は、古本屋の他に、家業は住居部の裏手にある「武蔵晴明神社」の宮司にして陰陽師、副業として「憑物落とし」の「拝み屋」でもあるのです。

 

 

京極夏彦って作家は

昔から京極夏彦について「手数の多い作家」だなあと思っております。

文章の手数が多いのです。

ページを開いてみると、割合黒いのです。

最近は余白の多い、白っぽいページの作家が多いのですが、京極夏彦はページが黒いです。

で、やたら手数が多い。

こういう表現わかるでしょうか。ボクサーについて「手数が多いボクサー」なんて言いますが、あの「手数が多い」です。

あるいは口数の多い文章。でも口数が多いとって言うとイメージが悪いですね。だから手数が多い。

ぐっちり書いてます。それでも読みにくくはありません。これが不思議なんです。

 

能書きも多いです。ウンチク。

今回は、仏教、禅宗について蘊蓄を書きまくっています。

筋書きに関係ない部分もあり、所々読み飛ばしてもいけますが、だらだらと全部読んでも面白いかもしれません。

こういうのを書くのが好きなんでしょうね。

小説を書くということと、こういう事を調べて書くということ両方を楽しんでいるんだろうなあと思います。

 

 

章立ては、単純に数字で表しており、その章の中での場面転換等は「*」で区切ってます。

感心するのは、章なり*がページの最後で綺麗に区切れているのです。

もともとデザイナーである作者は、製本についてもこだわりがあり、綺麗に区切れるように調整し、製本イメージで印刷に持ち込むらしいことをどこかで読みました。

 

 

この作品はどんな内容か、ネタバレ無しで

箱根の奥、山の中に、すごく立派な禅寺 明慧寺があります。

ここ、全然知られていないというか記録に残っていない寺なのです。

そして僧侶たちは、臨済、曹洞などの禅宗の寺からここの寺に派遣されてきています。禅宗ですが、宗派が入り混じった寺なのです。

 

この山の麓にある温泉宿 仙石楼に、別の事件で京極堂一味と関わった老医師久遠寺嘉親が逗留していました。

宿は客がほとんどいない状態で、この老人は何日も泊まっています。宿の居候状態。

そして、古美術商の今川雅澄が、この旅館に近い明慧寺の小坂了稔という僧から「世に出ることは有り得ぬ神品」を譲りたいという手紙をもらい、落ち合う場所として仙石楼を指定され、この旅館にやってきます。

 

とにかく暇を持て余す2人は、庭の雪景色を見ながら碁をうつのです。

このシーンが、なんか良い感じで、ぼくのイメージに残っていました。

 

そうすると、確かに先ほどまでは人影など無かった庭の大きな木の下に、突然あぐらをかいた僧侶が出現したのです。

久遠寺老人は、医者としての目で、その僧侶が死亡している事を確信します。

問題は、その僧侶の周りの雪には、足跡等の出入りの跡が全く無いのです。

オープンな空間における密室。

 

この死んでいた僧侶は、今川が待っていた小坂了稔でした。

時は、昭和28年。戦争が終わって、世の中が落ち着きだした時です。

このような導入部に続き、明慧寺の僧侶たちの連続殺人が始まります。

 

どうも作者はミステリーを書く気がありません。

最初の謎も、他人の記憶を映像として見ることができる変な探偵榎木津礼二郎によって、さっさと解かれてしまいます。

 

しかし、数多く個性きつい登場人物たちの織りなす謎はどんどん深まっていくのです。800ページを超える超長編を放り出すことが出来なくなる程に。

 

山は、寺は、一度入るともう外に出れなくなる檻です。

人外魔境。

そう、いつまでも歳を取らない振袖を着た迷子の女の子が山中に出没します。

あれは、魔物。

 

 

さて、この不思議な寺明慧寺の正体は?

山中に10数年前から見かけるいつまでも歳を取らない振袖姿の少女は、果たして魔物なのか。

連続殺人の犯人は?

その動機は?

動機はなんなのだ?

 

 

寺から少し離れたところで見つかった地中に埋もれた書庫の内蔵物の鑑定のために箱根に来ていた京極堂と作家の関口。

そして、以前の事件で知った不思議な探偵榎木津を呼んで、事件の解決をいらいする久遠寺老人。

なんとまあ、京極堂の変な仲間たちが、箱根山中で、この不思議な事件の憑き物落としを行うのです。

 

「世の中に不思議なものなんて無いんだよ」

 

キャラクターが、すごいです。

たくさんの登場人物が、それぞれ強烈な個性、あるいは人生を抱えています。

作者は、それらをしつこく丁寧に描いていきます。

これが、この作品を面白くしていくのです。

事件にあたる警察の連中も画一的ではありません。

捜査主任の警部補もしだいに人格が崩壊していきます。

そして、いつまでも歳を取らない振袖着た迷子の女の子、山中の魔物、鈴。最後すごいです。

個性キツ。

読み応えありすぎ。

 

ミステリーったって、ミステリーじゃない。

 

かなり面白いですよ。