「センチメンタルなのねフィリップ・マーロウ」
どの作品だったのか、憶えてないのですが、チャンドラーの作品の中に、こんなセリフがありました。
だいぶ後の作品だったと思います。
レイモンド・チャンドラーの書いた孤独な探偵フィリップ・マーロウを主人公にした作品は、とにかくやたら人気があります。
これが「ハードボイルド」というジャンルの代表というかそのものみたいに思っている人も多いです。
冒頭の女性のセリフどおり、マーロウ、あるいはマーロウ物はセンチメンタルです。
だからハードボイルドてのはセンチメンタルなものだと思うのは、決して正しいとは思いません。
あ、先に進む前に断っておきますが、ぼくはチャンドラーのファンです。
昨日チャンドラーを思い出したのです
昨日、チャンドラーの小説の一文を思い出してしまいましたが、そうあれは「さらば愛しき女よ」の最後の文章でした。
この前思い出したのは、アメリッシュさんが本文を探してきてくださって
一点の雲もなく晴れあがり、空気が冷たく澄みきっている日だった。はるか遠くまで見とおすことができた。ーーしかし、ヴェルマが行ったところまでは見えなかった。
というものだと判明しており、ことのついでに、ぼくは矢作俊彦が「あ・じゃ・ぱん!」の終わり近くに、この文章をちょいともじって使っていることも思い出したのです。
矢作俊彦は、この作品の書き出しにも、やはりチャンドラーの短編の書き出しを上手に持ってきています。
「上手に」というのは、ぼくらが読んで、すぐに「ああ、あの作品の書き出しだ」とピンと来るようにということです。
実は、このチャンドラーの短編も、矢作俊彦の「あ・じゃ・ぱん!」の書き出しも正確には思い出せませんのです。
しかし、なんとかという女史が、いきなり「男が欲しいのよ」と言う書き出しは覚えています。
ぼくはチャンドラーの長編全部と、一応手に入る短編集は所持しておりましたが、残念ながらいつのまにかそれらは消えて無くなってしまい、現在手元にあるのは電子書籍の「湖中の女」と「長いお別れ」の二冊があるだけなので、ちょっと調べることは叶いません。
チャンドラーの短編のタイトルは、もしかすると「事件屋稼業」じゃなかったかな?
目と目の間に思考室がある女が出てくる話で、うろ覚えで申し訳ありませんが、なんとなくホームズ物のアイリーン・アドラーが思い浮かんだりしたような気がします。
ハードボイルドのもともとの意味
こんなこと、皆さんもうご存知でしょうけども、もともとハードボイルドは文体のことを言い、探偵小説という意味では無いです。
最初にハードボイルド文体で小説書いたのはヘミングウェイ。
彼の文体がハードボイルド。
固茹での卵。
「武器よさらば」とか「誰がために鐘は鳴る」とか「老人と海」とか。
どういう文体か、ここで説明しません。
ググれば、上手な説明が書いてあります。
作品読んでみて下さい。
探偵小説としてのハードボイルドの先駆者です。
チャンドラーのファンみたいな顔をしていますが、ぼくはハメットが好きです。
長編は「マルタの鷹」「血の収穫(赤い収穫)」それと「ガラスの鍵」しか読んでません。
短編集は創元推理文庫から出ている二冊だけです。
これまた、いつの間にか手元に無くなっています。
ついでに言えば、矢作俊彦の作品もけっこう所持してましたが、これまた今はありません。
ハメットの長編は、上に挙げた最初の二冊は永遠の古典的名作であり、とても面白いです。
サム・スペードにコンチネンタル探偵社の調査員、コンチネンタル・オプ、名無しのオプですね。
しかし、ぼくは「ガラスの鍵」が一番好きかな。
ばくち打ちのネド・ボーモンが主人公です。なんか、昔の日活アクション映画(石原裕次郎や宍戸城なんかが出てくるやつ)にありそうな話です。前二作と比べると、だいぶセンチメンタルな作品です。
そして、ハメットの短編。これ素晴らしいです。とても好きです。正直、短編で比較すると、チャンドラーよりハメットの方がはるかに面白いです。
どれも手元に無いのですが、チャンドラーの作品と同じくで、突然なんかの文章や主人公の名前が頭を過ぎる事があります。
この流れで、好きな作家
ハードボイルド探偵小説の作家は、上記の二人以外は、あまり好きではありません。
チャンドラーは素敵ですが、かなりセンチメンタルで、その後の作家たちが、そのセンチメンタルな部分を強調して受け継いでいくからでしょうと思います。
「センチメンタルなのね、フィリップ・マーロウ」
で、探偵小説じゃ無いけれど、乾いていて好きなのは、エルモア・レナード。
作品が多くて、映画化もたくさんされています。
それとカール・ハイアセン。
おまえ、それここで並べるか?と言われそうな気がしますが、やはり乾いてますぜ。ちょっと変だけど。