子供の頃のように

自由と幸せ。好きなように散歩したり、本を読んだり、気ままな生活の日記です。twitter始めました。@edaywalk

嘘設定のプロレスラーを思い出したりして。これ、秘密記事です。しょうも無いので注意。

「闘うモンゴリアン」と言う言葉が、突然頭に蘇りました。

キラー・カーンだったっけ? ザ・モンゴルズってタッグチームもあったよな?

はい、プロレスラーの話です。

 

「闘う」なんとかって、よくプロレスで言うんです。

NWA世界チャンプだったジン・キニスキーは「闘うチャンピオン」なんて呼ばれてました。

NWAのテリトリーを回って、各地でタイトルマッチを繰りひろげてたのですが、なんせ広いテリトリーなので自宅に帰れなくなって「それ以上チャンピオンを続けるのなら離婚する」って奥さんに叱られたのです。

それが原因かどうか知りませんが、そそくさとドリー・ファンク・ジュニアに負けて、チャンピオンで無くなりましたけど。

 

確認してみると「闘うモンゴリアン」てのは、キラー・カーンのことでした。

 

それはそれとして、一緒に思い出した「ザ・モンゴルズ」てのは、インチキのアジア人で、中身は白人のプロレスラーがモンゴル風の衣装を着てたんです。

ニコリ・ボルコフってプロレスラーが、名前を変えてメンバーに入っていたような記憶があります。

しかし、ニコリ・ボルコフって、もしかして「ザ・ラシアンズ」だったっけ?

困った時のWikipedia

ニコリ・ボルコフは、ベポ・モンゴルという名前で「ザ・モンゴルズ」にいました。

後で、チームを抜けて、ニコリ(ニコライ)・ボルコフという名前の嘘ロシア人として、デビューしたのでした。

 

え、そうするとザ・ラシアンズってメンバー誰だっけ?

このチームもインチキロシア人のチームでした。

Wikipediaに再びお世話になります。

メンバーは、イワン・コロフニキタ・コロフ、そしてクラッシャー・クルスチェフ。

みんな、ロシア風の名前をつけただけの偽物ロシア人。

 

でね、さっきのニコリ・ボルコフもイワン・コロフと組んで、一時期ザ・ラシアンズを名乗ったことがあるらしいので、ぼくの記憶もあながちダメダメでは無いようです。

 

 

プロレスって変でしょ。

ちなみに、闘うモンゴリアンのキラー・カーンは日本人。

アメリカで、嘘モンゴル人として大スターになってメインイベントを張ってました。

あっちで大スターになったのは、他にグレート・歌舞伎とか、その息子という設定のグレート・ムタとかいます。

ムタは、武藤敬司ですけども。

ついでに言うと、この「グレート」てのは、たぶん戦後の人気悪役レスラーの「グレート東郷」のグレートなんだと思います。

ケンドー長崎なんていましたね。これってお笑いのケンドー小林の元ネタなんだと思いますが。