ぼくの父母は、もう亡くなっています。
大した財産が残されたわけでもありませんが、銀行の預金や不動産の相続の手続きは、それぞれが亡くなったときにやりました。
その相続手続きのために、亡くなった父や母の戸籍謄本を役所から取ってきたり送ってもらったりしました。一連の手続きを司法書士の人にしてもらい、一段落したときに改めて親の戸籍謄本をじっくり眺めたら、なんとなく彼らの人生みたいなのが浮かんできたことがありました。
歳をとって亡くなった人にも、幼児、子供、思春期、青年、壮年、老年という時期があったのだなあと、当たり前の事をしみじみ感じました。
そう、老人は最初から老人ではありません。
かなり時間をかけて「水平線」という滝口悠生さんが書いた小説を読み終えたので、また、これをネタにして適当な文章を書くつもりなのですが、本を読んで得た気持ちは、上に書いた時に思ったのと似ていました。
人生は儚くて短いです。
不思議で変な話です。
いろんな身の上話を聞かされる作品です。
でも、ぼくはこの作品が好きです。ちょっと悲しい気持ちになったりするのは、ぼくが70歳の老人だからだと思います。
海はどこにでもつながっている。
どこまで行っても波は寄せては返し、途絶えることなく永遠に続いている。
そんな海の上で時間が一つところに止まっているわけない。海はあらゆる時間につながっているんだ。
そう気づいた時には、遠い時間が波に乗って寄せてくる。
いつかどこかの誰かの声が届くこともある。そしたらどうするか。
自分の声も返す波にのせて、いつかどこかに漂わせればいい
これは正確な引用ではありません。こんなようなことが本のどこかに書かれていました。
この本を読むのに時間がかかったのは、時間が戦時中から2020年の間、行ったり来たりするし、節ごとに視点が変わる、人が変わるし、人によって一人称と三人称が変わるし、時には一つの節の中で人称がしれっと変わったりするので、作品の中で自分が迷子になり混乱する可能性があるため、ノートをとりながら読んでいったためです。
挙句に、もっと前に読み終わっているのに、前のところを読み返したりしてたのです。
1、2、3、と数字が全部で26あります。節というかセクションと言うか、そういう単位です。そして、いくつかのこれらをまとめた章が11章あります。
最後の26の前の25の節が、すごく好きです。読んでるとちょっと泣きたくなったりします。3回くらい読み直した箇所です。
1で、横多平という人が貨客船おがさわら丸に乗って、東京竹芝桟橋から父島に向かいます。時は2020年、当初東京オリンピックを予定した年です。
2で、三森来未という女性が、墓参事業に応募して自衛隊機で硫黄島へ向かいます。ジョージ・ブッシュが2期目の大統領を目指している年で日本の総理大臣は小泉さん。
そして三森来未さんが、硫黄島の墓参事業に応募した経緯の説明が始まります。
3では、時代が太平洋戦争の始まる頃になり、場所は硫黄島。イクという18歳の女性が登場します。
この展開ですから、要点をノートに書きながらでなければついていけなくなりそうでした。
なお、横多平と三森来未は兄妹で、両親が離婚しており、兄は父の苗字、妹は母の苗字なのです。で、硫黄島のイクさんは、この横田平と三森来未のおばあさんです。
でも、あなたが70歳の老人でなければ、ノートなんかとりながらでなく、普通に読んでいてついていけるので心配いりません。
正直、この作品のストーリーの説明もしたいのですが、文字数が多くなり過ぎますね。
少しだけ言いますと、ある日、横田平のiPhoneに、祖母の妹である八木皆子からメールが届きます。
八木皆子さんは家族と共に硫黄島から強制疎開させられて本土に来たのですが二十年以上経過した頃、蒸発して行方不明となってます。生きてれば90歳を超えているはずです。
そして、三森来未には祖父の血の繋がってない弟である三森忍という人物から電話がかかってきます。
祖父の血の繋がった弟も血の繋がってない弟も、二人とも強制疎開の対象から外れ、軍属に徴用され硫黄島に残ったのです。
なお、硫黄島といえば、玉砕した島です。アメリカ軍に占領され、戦後日本に返還されましたが自衛隊が入って、民間人は自由に立ち入りができません。
時間と生死を超えてたコミュニケーションが親族の間で行われているのです。
怪談話ではありません。
戦時中の青春時代を語り、現代を語り、少し前を語り、人の歴史を語りって感じです。
さっき書いたように、これ面白いです。ぼくは好きです、この作品、とても。
3分の2くらいのところで、どう始末をつけるのか気になってきますけど、心を落ち着けてページに集中しましょう。
硫黄島は、本州から、沖縄から、グアムから、それぞれ1200〜1300キロほど均等に離れている島です。
「硫黄島からの手紙」なんて映画もありますが、島にいた日本軍将兵、軍属として徴用された島民82人は全員死にました。
そういうところで、亡くなった方たちの身の上話を聞かされると、ちょっとだけ、反戦、て言葉も頭に浮かびますけども、そんなつまんないことを考えながら読まない方がいいかなと、ぼくは勝手にそう思います。
全部読み終えてから、最初の節、1、の中に出てくる船の中で見る夢の話を読み返してみました。
女が好き合った男と結婚したけど、漁師の夫が海に出て死んでしまい、女は悲しくて船に乗って沖に出て身を投げようとします。で、それを近くで見ている俺は自殺を止めようと思うんだけど、俺は亀なので女に話しかけられない・・・そんなこと、なんでここに書いてあるんだろうと当初思ったのです。
読了してから戻って読んでも、なんとなくわかるようなわからないような。変ですね。
でも、この小説の世界、濃密なイマジネーションにどっぷり浸かっているのが好きです。
そういう作品は多くはないです。