70代の真実

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「アクティベイター」冲方丁 デビュー25周年記念作品 ネタバレ無し

別に高級な食事で無くても、その時に食べたいなと思う料理があって、それを夕食に食べる予定になっていたのに、なんかの都合で別のものを食べることになり、例えそれが当初の予定のものよりもご馳走だったりしても、なんとなく納得しきれない気分が残るってことがあるでしょう。

すっかり餃子の口になっていたのに刺身を食べるとか。

刺身はとても美味しいものだったんだけど、満腹になってもまだ餃子が食べたかったりするような。

 

冲方丁は、いろんな話を書きます。

SF、時代物、歴史物、挙句に清少納言が主人公の「はなとゆめ」とか、どう言えば良いんでしょうか、泣もの短編集「もらい泣き」とか。

それでも共通して「ああ冲方丁だ」という気分になるんです。

どことなくアメリカ映画が好きなんだな、この人とか、どことなく翻訳小説も好きそうだとか、どことなく登場人物にマンガぽい部分があったりとか、良いも悪いも全部まとめて冲方丁で、それはぼくが好きな作家なんです。

 

で、先日図書館でウロウロしてたら、これ見つけたんです。「アクティベイター」

2021年1月30日発行となっています。

 

最初の話に戻りますが、冲方丁の口になっていたのに、ちょっと違うものを読まされたみたいな気分になります。

これ現代を舞台にしたアクション国際サスペンスで、少し007がかっていたりする冒険小説なんです。スパイものって言うのかな。

面白いですよ、面白い、すごく面白い。

だけど、「あれ?」って感じ。納得しきれてないぼくが、それでも夢中になって読んでしまったんです。

まあ、それもこれも最後の方になって、「ああ冲方丁だ」と気が付きますけどね。

 

 

だいたい「アクティベイター」ってタイトルが、もしかするとデンゼル・ワシントンの「イコライザー」って映画のタイトルにインスパイヤーされてない?って気分にさせられるでしょ。

で、この主人公:真丈太一って人物は、今は民間の警備保障会社に勤めているけど、本当は以前米軍方面のアクティベイターと呼ばれる特殊任務についていた男で、「イコライザー」のデンゼル・ワシントンみたいに格闘が得意で、ものすごく超絶スーパーに鬼強いんです。

 

 

で、ある日、日本に中国から最新鋭ステルス爆撃機が一機飛来します。

当然自衛隊が出撃しますが、この中国機から亡命するためにやって来たという通信を受けてしまいます。

パイロットは女性です。

この謎の中国機は羽田空港に着陸してしまうのです。

対応に出てきた警察庁警備局の鶴来誉士郎警視と二人きりになった時に、中国からやってきた女性パイロットは「あの爆撃機核兵器が積まれている」と言います。

核兵器のことは、まだ公表せずに、鶴来警視は彼女を尋問するために安全な場所に移送しますが、その途中謎のグループに彼女をさらわれてしまいます。

 

羽田には核兵器を積んだ爆撃機が翼を休めています。

果たして機内にあの亡命者の女性パイロット以外にも人がいるのか、そして核兵器の作動条件は何なのか。

国家的な危機の中、鶴来警視は役人同士の鍔迫り合いを制して、連れ去られた女性パイロットを取り返そうと知力の限りを尽くします。

 

さて、そんな頃、民間の警備員である真丈は、業務上の出来事から中国人のグループと対立する状況となり、ひょんなことでその過程の中で誘拐されていた中国人女性パイロットを助けることとなります。

 

で、実は羽田の亡命女性パイロットの対応責任者である鶴来警視の亡くなった妻は、やたら格闘能力のある主人公真丈太一の妹だったのです。

はい、二人は義理の兄弟なのであります。

当然、格闘が大得意の真丈太一と、知力の優れた鶴来警視の義兄弟は、お互い連携しながら日本を脅かす大陰謀と戦い、亡命希望の女性パイロットのセンを助けるのです。

中国、アメリカ、日本の「一の会」と呼ばれる裏の組織、日本の各役所の縄張り争いと役人たち、挙句にロシアの連中など複雑に絡み合った状況の中、真相を解き明かし、中国から一人でやって来た若い女性を本当に助けることはできるのでしょうか。

 

と言う手に汗握るアクション巨編。

最終ページ520という分厚く重たい、寝転んで読むには手が疲れる長編なのであります。

 

先日、冲方丁作の「麒麟児」を読んだ時にも思ったのですが、冲方丁さんは非常にきっちりと調べ物をしています。

で、この「アクティベイター」を書く際にもいろんなことを調べています。

今の日本の軍備的な状況、アメリカ軍との関係、核兵器、日本の役所のこと、そして何より格闘関係のことなど、まあ本当によく調べたものです。

 

この作品、格闘シーンの描写がボリューミーで、すごいです。

この格闘シーンの充実が、冲方丁のイメージと距離を感じさせるのです。

合理的に説明しながら一撃一撃を描写していきます。どうしてそのような攻撃をするのか、動きをするのか、相手はなぜやられてしまうのかを読者に理解させ納得させるのです。

 

また、警察庁(国の役所です)の鶴来警視が、羽田にやってくる警視庁(東京都の役所です)、外務省、検察関係者、経済産業省防衛省などの他の役所からの役人たちに対して、マウントを取り、主導権を自分の手の中にキープし、さらに陰謀に加担している人物を特定し、尋問する、そういう知性的な格闘を行うのですが、その時の考え方、相手の対応、なぜそういう事を言うのかなども、格闘シーンと同じようにきちんと説明し、読者を納得させようとします。

 

解説付き格闘アクションミステリー大活劇。

この説明的な部分で、読者は少し作品から離れるはずなのですが、作者は、ぼくらを捕まえて引き寄せ逃げることができないようにしてしまいます。

 

最近、読書に時間がかかり、ちょっと読んでは違うことをしたりしているぼくが、昨日の夜の時点で一気読みしそうになりかけました。

年齢を考慮に入れて、最終の戦闘と解決を今日に持ち越すようにしましたが、自制が効かなくなりそうでした。

作者の冲方丁デビュー25周年記念作品です。

作家生活25年のすべてを込めた極上のエンターテインメントだと帯に書かれています。

どこに書かれているのか、ちょっと今探せていないのですが、「ここまで書けるようになりました」と言う一文を読んだと思います。

作家の力ですね。

25年間の賜物なんですね。

素直に、そう思いました。

 

 

でね、これは中国からやって来たセンと呼ぶ女性を連れての大冒険ですけど、似たようなシチュエーションの北朝鮮から来たハナコと呼ぶ女性を連れての大冒険ってありましたよね。

阿部和重さんの「ブラック・チェンバー・ミュージック」。

デンゼル・ワシントンの「イコライザー」と共にあの「ブラック・チェンバー・ミュージック」も思い出してました。

好きな作家である冲方丁の渾身の極上エンターテインメント作品で、実際その通りなのですが、正直ぼくは「ブラック・チェンバー・ミュージック」の方が面白いです。そのうちまた読むつもりです。

しかし、これは「アクティベイター」がダメという意味ではありません。

両方読みましょう。