子供の頃のように

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「絹の家」 コナン・ドイルでは無い人が書いたシャーロック・ホームズ ネタバレ無し

以前、ちょっと紹介した、アンソニーホロヴィッツが書いた、コナン・ドイル財団が初めて第61作目と公式認定した80年ぶりのシャーロック・ホームズ最新作である「絹の家」を読み終えました。

 

これ、シャーロック・ホームズのシリーズなのですが、コナン・ドイルが書いてないから、なんとなく「このホームズとワトソンは、あのホームズとワトソンとは別人なんだ」と思いながらも、いつの間にか「あのホームズとワトソン」だと思い込んで読んでしまいました。

舞台は、シャーロック・ホームズが活躍したあの時代です。もちろん住処はベーカー街221Bのハドソン夫人の下宿です。

そう、やっぱりあのシャーロック・ホームズが80年の時を超えて蘇ったのです。

 

ザクっと紹介 ネタバレ無し

ホームズのところにエドマンド・カーステアーズという画商が訪ねてきます。

 

カーステアーズは、アメリカから来た富豪に絵画を何点か売ったのですが、これに絡んでアメリカで起こったトラブルの結果、フラットキャップというギャング団の生き残りキーラン・オドナヒューからの復讐を受ける可能性が出てきました。

絵画を買い上げたアメリカの富豪も、カーステアーズがアメリカを離れてイギリスに帰る直前に撃ち殺されてます。

 

カーステアーズは無事イギリスに帰り、おまけに船の中でキャサリンという美しい女性と知り合い結婚しました。

しかし、1年以上経って、カーステアーズの自宅をじっと見ている男に気が付きます。この男は、その後何回かカーステアーズの周りに現れます。

これはきっとキーラン・オドナヒューが復讐するためにイギリスに来たに違いない。そう心配したカーステアーズがホームズに相談に来たのです。

 

果たして、相談に来た翌日、カーステアーズの屋敷に泥棒が入ったのです。

 

ホームズのこの事件の捜査を始めます。

そして、ロンドンの浮浪児たち「ベーカー街別働隊」を使って、その賊、キーラン・オドナヒューと思しき男のホテルを突き止めてホームズが部屋に入ると、その男の死体があったのです。

さらに、キーラン・オドナヒューと思しき男の跡をつけてホテルを見張っていたロスという少年が殺されます。

 

ロスの死は、シャーロック・ホームズを卑劣で残酷な事件に導くのです。

絹の家(ザ・ハウス・オブ・シルク)とは一体なんなのでしょうか?

イギリスの上流階級にまで影響力を及ぼし、シャーロック・ホームズに手を引けと、兄のマイクロフトが忠告したほどの大きな力。

そして、何者にも屈することの無いシャーロック・ホームズに、危険な罠が仕掛けられます。

 

 

勝手なことを言ってみる

本の表紙には「絹の家」と書かれていますが、作品中には「ハウス・オブ・シルク」と英語の定冠詞抜きのカタカナで書かれています。

話の展開の都合上、絹の家を連想させる場所を思い浮かばせるためには、英語の言い方の方がスムースなので「ハウス・オブ・シルク」という言い方を作中では使っているのでしょう。

まあ、その辺りは翻訳者のご苦労ということですね。

 

さあ、作者のアンソニーホロヴィッツですが、007作品も書かれているだけあって、さすがにお上手。

正直、前半というか書き出し部分は読むのが辛かったです。でも、それはシャーロック・ホームズらしさを醸し出す努力を読んでちょうだいよということなのでしょう。なんせ昔の時代が舞台なので、少々地味めに抑えています。

しかし、途中からガンガン飛ばします。

現代の作家らしいストーリー展開。昔のホームズも、基本、推理小説というよりは冒険小説と言いたくなりますが、あの当時こんなに派手な展開はしませんでした。文章も、どことなく今の作家だなと思いました。

うん、文章を比べてみようと思って、実は僕のiPhoneというかiCloudの中に「シャーロック・ホームズ大全」というのが入っているのですけど、読み比べてみようかと思いながらも、やめときました。ぼくも年寄りで体力が十分ではありません。

読み比べはしてないけど、なんか違うように思います。でも、違っても全然問題ありません。

 

絹の家の犯罪は、途中ちょっとだけ匿名で顔を出すモリアーティーですら、ホームズに解決してもらいたいと言うほど、おえっとなる感じで不快感を示していますが、実際、ヤな感じです。

 

そうそう、実際のシャーロック・ホームズの事件や登場人物を、そこここに散らばせています。

それはそれで楽しいです。

しかし、鷹揚というか、あまり神経質では無くて、出したものを最後で全て回収しようという几帳面さは全く感じさせません。

以前読んで、ここでも紹介した「元彼の遺言書」みたいに、出した伏線は全て回収しようというような意欲は無さそうです。

でも、それでいいと思います。

あんまり律儀にされてもね。

 

シャーロック・ホームズファンの皆さん、楽しんでいただけましたでしょうかという態度。ぼくは結構好きです。

 

二人称の小説

一般に、小説は一人称と三人称に分かれます。

昔、読んだ文章に、シャーロック・ホームズは二人称だと書かれていました。確かに、ワトソン医師がホームズ探偵の活躍を書いているので、二人称と言えばそうなるのでしょうか。

 

非常識的で反社会的で、かつ極めて優秀な奇人変人である主人公の活躍は、その本人の一人称で書かれるのは、読まされるのはちとヤバい。そして、あんまりヤバすぎるので三人称というのもどうかなという気がします。平凡な人間であるワトソンの目で描かれるというのはいい思いつきだと思います。

 

で、そんなこと考えていると、「ドラゴンタトゥーの女」も、ぼくは小説を読んで無いので人称のことはわからないけど、映画を見る限りには、あのジャーナリストのおっさんの目線で描かれてますから、ホームズ物と同じような扱いなのかななんて。

 

京極夏彦京極堂物もやはり横にいる人の目線ですね。

 

探偵ものは、その探偵が事件の真実を理解した瞬間をどう描くか、あるいはどう誤魔化すかってのが、要点の一つです。

一人称で書かれているやつは、このへんが難しいです。急に閃いたみたいな書き方多いですけど、これあまり気に入らないです。

三人称も難しそうで、この辺り二人称で書いた方が誤魔化しが効きやすいような気がしました。