70代の真実

70代年金生活者の生活と思ってること、その他思がけないことも

ブラック・チェンバー・ミュージック 怒涛のラブストーリーなのです ネタバレ無し

最初に言います。

すっげえ面白いです、この小説。むちゃくちゃ面白いです。読まないと損です。

この作家、群像新人文学賞野間文芸新人賞伊藤整文学賞毎日出版文化賞芥川賞谷崎潤一郎賞とさまざまな文学賞を取りまくってるてのは、伊達ではありません。

腕力あります、ねじ伏せられます。何回も言いますが、すげく面白いです。

今のテレビ番組での会話方法に則って言えば、本当に本当に本当にほんとに面白いのです。

 

 

少し冷静になりましょう。

帯を見てみましょう。

分断された世界に

抗う男女の

怒涛のラブストーリー

「怒涛のラブストーリー」って、何だそれ? どんな意味なの?

わからないでしょ。

でも、読むとわかります。

確かに「怒涛のラブストーリー」なのです。

 

とりあえず、どんな話か紹介します

主人公は、横口健二。38歳くらいです。

この人、映画監督目指してたというか、2年ほど前には初監督映画の公開寸前だったのです。

でもね、逮捕されちゃったんです。大麻取締法違反。10数年ほど積んできたキャリアがパアに。

今じゃ結構な額の借金を抱えた、執行猶予期間中の前科者。

現在、派遣社員としてブライダル産業で働いています。披露宴で流すビデオ制作と式の記録係です。

 

ある夜、横口がしょぼくれたアパートに帰ってくると、鍵が開いていて、部屋の中に男女が入っていました。

男は、新潟の指定暴力団三次団体会長。沢田龍介。50過ぎ。知り合いです。

15、6年前、横口が映画演出助手だった頃、新潟の繁華街でのロケ撮影のために地元の暴力団事務所に挨拶に行った時から時々連絡をとりあう仲になったんです。

女は沢田龍介よりもだいぶ若そうですが、部屋の隅に立ったままで顔に陰がさしてよく見えない、黒いマキシコートに身を包み、水墨画の幽霊のような、どんよりした趣。

 

という状況で、そのヤクザが一冊の映画雑誌を探してくれと言い出すのです。

報酬は百万円。

ケチなしみったれた執行猶予期間中の主人公横口健二にとって絶妙な金額。

やりますよと、答えた途端、ヤクザは妙にすごみのある顔つきになって

「おまえこれ、引き受けた以上は説明ちゃんと聞いて頭にたたきこんどけよ。でねえとしゃれになんないっつうか、場合によっちゃいろいろやっかいなことになっちまうからな」と言うのです。

 

沢田龍介は、A4サイズのクリアファイルを出してきます。

横口健二は、話が始まる前に、そこに立ったままの黒ずくめレディが誰なのかを聞きます。

沢田は、彼女は発注元だというのです。

 

今から言う内容を決して口外してはならない。

善意の協力者であろうが、だれにも雇い主にまつわる情報は絶対与えてはならない。

そしておおっぴらな行動はつつしむべき。

原則として、特定の人々にいっさい勘づかれてはならない使命であり、秘密厳守のルールをうかつに忘れることは、文字どおりの命とりにになりうる。

そういう前提条件の仕事の内容をヤクザは語り始めるのです。

 

女は海上密輸ルートを通じて北から来た使いのものなのです。彼女を日本によこしたのは、沢田龍介も知りませんがすごく上の人間のようです。

女が日本語を喋るのかどうかはヤクザは試したこともありません。

一応「ハナコ」と呼べよと言うことです。

 

仕事の期限は3日後。沢田が横口のところに来るまでの20日間は、ヤクザたちが必死に探索を行っていたのです。それでも見つけられなかったのです。

さあ横口健二は、わずか3日間で、その雑誌の記事をみつけられるのでしょうか?

ヤクザは「ハナコ」を置いて新潟に帰ってしまいました。

 

さて、めあての記事の断片的なコピーを読むと、それはヒッチコック作品の評論のようです。

書いたのは金有羅という人物で、日本語に翻訳したのは今間真志。両者とも横口の知らない名前です。

わずかな映画雑誌記者との関係を元に横口健二は、ハナコと共に捜索を始めます。

その過程で、この評論を書いた金有羅というのは、金正日の別名だと判明したりするのです。

 

北の中でもいろんな派閥があり、ハナコを南であろうが北であろうが、海の向こうの半島の人間に見せることはできません。

時期は、シンガポール米朝のトップ会談が行われた時です。

さあ、南北それぞれの大使館員、あるいはエージェントと読んでいいのでしょうか、「情報」という言葉で括ってしまえる人たちもハナコの件に薄っすらと気づき始めます。

 

ぼくの頭の中にチラついたこと

この主人公の横口健二って、ほんとにヘタレ、ダメなやつ。

何にせよ、まず自分の中で自分のしょうもない価値観みたいなものに縛られながら、相手の思うことや物事の過程、結果を勝手に想像してウジウジする、そういう奴です。指示命令にすぐ従わないです。ストレートに行動すれば、スッキリするのに、こいつひどく面倒くさい奴なんです。

実際、小説読んでても腹が立ってきて、しばらく本を閉じたりしたこともあります。

こう言っちゃ、色々ご批判もあるでしょうが、今の若い男連中の典型みたいなキャラです。彼らを仕事で使ったことがあれば、すんなり理解できるでしょう。

あ、ぼくは若い連中好きですよ。

 

この横口健二と、新潟のヤクザの親分沢田龍介のやりとりが、面白いのです。

ぼくは、黒川博行氏の「疫病神シリーズ」の、二宮啓介とヤクザの桑原保彦のコンビを思い出してニタリと笑ってしまいました。

 

「ラブ」とは、相手を思いやることです。

主人公の横口健二は、ヘタレのくせに、相手を思いやり、心配し、守ろうとするのです。

日本語が通じるのかどうかを確かめることもせずに、正体のわからないままの、本名さえ知らないハナコに対して。

そしてハナコも、拳銃を突きつけられて拉致られたり拷問の専門家に目玉をくり抜かれそうになってしまったりする頼りない横口健二を思いやるのです。

「怒涛のラブストーリー」。

その言い方通り、荒れ狂い激しく打ちつける大波のようなラブストーリーが、あなたの心をめちゃめちゃに叩きまくるかもしれません。

 

 

こんなことをこれ以上書いてる時間は、ぼくにはありません。今からこの作品をもう一度読むのですから。