最近、根気がなくて読書スピードが落ちまくっていて、挙句に途中で放り出すことが多くなったのですが、これは上巻を読み終えたら、下巻はあっと言う間に読み終えてしまいました。
作者は中国系マレーシア人と書かれてますが、ハーバード大卒で現在カリフォルニアに家族と一緒に住んでいるということで、国籍はUSAなのかな。
ヤンシィー・チュウという名前から女性だと思います。
名前と言うことなら、この翻訳者の名字が、土へんに下という字なのですが、ぼくには読み方がわかりません。
作者のデビュー作と本作がニューヨークタイムズ・ベストセラーになったと書かれてます。
これも意味がよく分からなかったのですが、Wikipediaで調べると、ニューヨークタイムズのベストセラーリストに載ったということらしいです。
確かに、上手な作品で、とても面白いです。
ぼくは予備知識無しで読み始めたので、どういう小説なのか分からずという状況でした。
「幻想譚」という文字が裏表紙にありましたので、ファンタジー小説なんだろうとは想像してました。
確かに幻想的なのです。幻想的なのですが、ミステリー。
ミステリーなんだという認識に辿り着くまで、結構あるのですが、ミステリーだと気がついた後の、ミステリーとしてのケリの付け方は、女性が主人公のアメリカンミステリーの文法に則っていて、上手だなと思わせられます。そしてなお、幻想的なお話と、女性主人公の恋の行方は、ミステリーの後も、もう少し続くのです。
そう、幻想譚とミステリーと女性主人公のお話が、しっかり絡み合っているのです。
舞台は、1930年代のマラヤ(現マレーシア)。第二時世界大戦前ですからイギリスが統治してる頃です。
錫が出て好景気。でも、街から少し出ればジャングル。虎などの獣たちが潜んでいます。
文明と自然、迷信や信仰と科学、西洋と東洋、いろんな要素が、熱帯の中で溶け合っている世界です。
本国を離れ、この熱帯の地に暮らす白人たちの、それぞれの事情と想いもまた湿った暑さの中に溶け込んでいます。
ファンタジーなんですよ。
主人公たちは、中国系マラヤ人。
ジーリンという女性と、レンという身寄りの無い男の子が主人公です。
ジーリンの母親は未亡人でしたが、錫の仲買で儲けている男の後添えになります。継父にはシンという、ジーリンと同じ日に生まれた男の子がいます。
義理の仲ですが、シーリンとシンは同じ日に生まれた姉弟、或いは兄妹、よく知らない人は双子だと思い込んでしまいますね。
両方とも美人、美男。
レンはイーという男の子と双子の兄弟。親は死んでしまってます。
レンとイーはそっくりで、不思議なコンタクトがあるのですが、イーは三年ほど前に死んでしまってます。
それでも、レンは時々イーの夢を見ます。
さて、この四人の名前をカタカナで書きましたが、これを漢字で書くと、ジーリンのジーは「智」、シンは「信」、レンは「仁」、イーは「義」、もう一つ「礼」を加えると、儒教の五常(五徳)です。そして「礼」の字が名前に入っている人物は、やはり登場してきます。
彼らは、不思議な繋がりを持っているのです。
南総里見八犬伝ぽいですが、ストーリーは全然違いますよ。
ジーリンは、ちょいとした事情で、ダンスホールでアルバイトをします。客のダンスの相手をするのです。これ誰にも内緒です。
ある夜変な客が来て、タンゴの相手をするのですが、下手で派手な踊りのせいで相手の背広のポケットに手が入ってしまい、何かを握ってしまいます。その瞬間、客は急にジーリンを離し、走って店を出てしまいます。
ジーリンは自分の手が握っているものを見ます。それはケースに入った1本の人の指でした。
レンは11歳。マクファーレンというイギリス人の老医師のところで働いていました。
マクファーレンには、指が1本ありません。
マクファーレンはマラリアで亡くなる寸前にレンを呼び、自分の指を取り返して、自分が死んでから49日が過ぎる前に、墓に一緒に埋めて欲しいと頼みます。
マクファーレンは、自分は人虎だと言うのです。人の姿をした虎。時々虎の姿に戻って、動物や人を食べていると。
自分の体の全てが揃えば、自分は人間として眠ることが出来るのだと言うのです。
そして、自分の指の行方の手がかりになるウィリアム・アクトンという医者へ向けてレンの紹介状を書きます。
そういうふうに物語は始まるのです。
ジーリンの目線のところは、ジーリンの一人称で、レンの目線のところは三人称で書かれています。
熱帯の熱気の中での幻想譚。
レンは、死んだ兄弟のイーの夢を見ますが、ジーリンもイーを夢の中で見るのです。
1本の切り取られた塩漬けの指をめぐって、不思議な話は展開します。
夢のような物語ですが、ミステリーの部分は現実。
原題は「The Night Tiger」です。人虎を指すのだろうと思います。
これを、「夜の獣、夢の少年」という邦題にしたのですね。
お話としても小説としても面白いですよ。