ぼくが小さかった頃、うちに<ねえや>がいました。浜の方から来た若い女中さんです。
たしか、<かずえさん>という名前でした。
ぼくは小さかったので、彼女の名前を<かぜさん>だと思い込んでいました。
彼女は、10代だったのでしょう、ぼくは彼女に懐いていました。彼女もぼくを可愛がってくれて、ぼくが遊びに行く時も一緒に来てくれたりしてました。
ぼくは、たぶん小学校に上がってなかったと思います。
ある日、母親とかずえさんの二人が勝手口の表に出てました。ぼくは勝手口に立って外を眺めてます。左側には庭の塀の戸があります。晴れていて風が強い日でした。
突然、開けてあった庭の戸がバタンと閉まりました。
「あれ?」という顔をしてたんでしょうね、ぼくは。
母親が「風が吹いたんや。風さん」と笑って言いました。
ぼくは、かずえさんの名前をかぜさんだと思っていたので、かずえさんが閉めたと言われたと思いました。
しかし、かずえさんは、そんなことしてません。
不思議がるぼくを見て、母親もかずえさんも笑ってました。
そんなことを急に思い出しました。
当時、昭和30年代前半あたりは、みなさん今みたいに豊かではありませんでした。
田舎の家なんかだと、子供たちは義務教育終わってすぐにどこかに働きに出たのです。女中さんがいる家というのも、今みたいに珍しいものでも無かったような。どうだろ、あまり社会のことはわからない年頃でした、ぼくは。
父親も誰か知り合いに頼まれて、ねえやに来てもらったんだと思います。