東京にいた頃、年上の、それも同じ大学の同じ学部のちょっと先輩になる友達がいました。
卒業した後に知り合って友達になったのです。
よく一緒に飲みに行きました。
夫婦でやっているバーがあるんだけど、最近行ってないから、そこに飲みに行こうぜ。
ある夜、そいつが、そう言いました。
小さな、カウンターだけのバーでした。
ずいぶん久しぶりだったみたいですが、バーテンの旦那と一緒にカウンターに入っている奥さんが、えらく喜んでました。
客だからと言うよりも、その年上の友達が、そこの夫婦に気に入られているようでした。
客は、ぼくら二人だけの夜でした。
奥さんもよく喋る人で、楽しい酒でした。
だいぶ飲んだ頃に、奥さんは、旦那と結婚に至った話を聞かせてくれました。
奥さんは水商売をしてたわけでは無く、普通のOLだったのです。馴れ初めは、聞き忘れたか、聞いても忘れたのか、とにかくぼくは知りません。二人は昼間に知り合って付き合い出したようです。
交際は進み、お互い結婚を考えるようになりました。
でも、バーテンという仕事がよくわかりません。
で、奥さんは自分の叔父さんに相談したのです。
わたし付き合っている人がいて、彼、バーテンやっているんだけど、どうかしら?
叔父さんは、モスコミュールというカクテルを上手に作れたら、一人前のバーテンだよと言いました。
それで、奥さんは旦那の働いている店に行って、モスコミュールってカクテルを作ってと頼みました。
それが美味しかったら、わたし、この人と結婚しようって思ったの。
奥さんは、ワンテンポ置いて、ニッコリ笑って言いました。
「そしたらね、美味しかったのよ!」
パッと灯りがついて、周りが明るくなるような笑顔でした。
たまに、この時の奥さんの顔、こうやって思い出す時があるんです。