昔の思い出
学生の時に下宿で友達とちびちび飲んでいた時に「おつまみが何か欲しいな」などと贅沢なことを言っておりました。
ちょうどその時に、窓の外から「ニャーオ」というご機嫌伺いの声がしました。
ぼくの部屋は二階にあります。
あれ?
ちょいと窓を開けてみると、真っ黒いネコがそおっと部屋に入ってきました。
たぶんまだ若いそうな感じ。可愛いです、すごく。
ぼくの下宿のあったところは、近くに原っぱがあったのです。昔の米軍のハウスのあったところ。元なんとかハイツ。
でね、毎日どこからかというか、ちょっと遠いところから来ているとしか思えない方向からおばさんがやって来ます。
そのおばさんの両手にはパーンとふくらんだ大きな袋。
そこら中からネコが、ものすごい数のネコが集まります。
そう、彼女はどこからか残飯を調達してネコたちに与えているのです。
その光景を偶然見る事があり、ああ、この辺は野良猫が多いんだと納得してましたので、ある夜、ぼくの部屋に入り込んできた黒猫は野良猫なんだろうと思いました。
ちょうど、おつまみが欲しいねと言ってたタイミングだったので、ぼくらはその猫にオツマミという名前をつけました。
オツマミは毎晩ぼくの部屋にやってきて、眠って、翌朝窓から外に出ていきました。
その下宿は、押し入れを改造して、上の段を少しだけ張り出してベッドにしてありました。ベッドと言っても、少し広げた押し入れの棚の上に布団を敷いただけのものです。
オツマミは、そのベッドに敷いた掛け布団の端の方に乗って寝てました。
まあ、餌とかそういう事を心配する必要も無く、部屋を汚す事もなく、気楽な関係でした。今にして思えば、とても都合の良いペットですね。
このオツマミとの関係は、どうもこの猫はメスで、妊娠しているような感じである事が判明するまで続きました。
しかし、ぼくの部屋で子猫を産むという事が行われると、それはマズいのです。
同じ下宿の友人と協議して、産む前にちょっとイジメて、もう部屋に来なくなるようにしてはどうかということになりました。
可愛いネコなのですがしかたありません。
楽しい関係は、半年ほどで終わりとなりました。
でね、オツマミがぼくの部屋にきていた時期に、昼間近所の子供達がオツマミと遊んでいるところを目撃しました。
注意深く観察した結果、オツマミは野良猫ではなく、近くの家の飼い猫である事が判明しました。
そうなのです。家の出入りが自由になっている猫は、気が向いた時によその家に入れてもらい、可愛がられたり餌をもらったりして、それぞれの家でいろんな名前を付けてもらっているのです。
だからオツマミもぼくの部屋は寝ぐらとしてのみ使用して、他の時間帯はよその家で違う名前で暮らしていたのです。
まあ、ぼくの部屋を追い出されても、ちゃんとした寝ぐらはあるし、安心して子猫を産む事もできるのです。
今朝のこと
家内が掃き出し窓から庭を見ると、沓脱石(庭から家の縁側に上る時に踏み上がる石)の上に真っ黒いツヤツヤした毛並みのネコが、こっちを向いて行儀良く座っているのを発見しました。
可愛かったらしいです。態度も良さそうで。
家内から報告を受けた時、ぼくは学生時代のオツマミを思い出しました。
「それは、どこかの飼い猫で、もし許されるならうちにも入れてもらって、パートタイムの飼い猫にしてもらおうと考えていたんだよ」
そう言うと、家内は冗談だと思ったんでしょう、面白そうに笑いました。
でもね、ぼくの考えは正しいと思います。
ネコは、いくつも名前をもらって、方々で可愛がってもらいテリトリーの拡大を企んでいるのです。