子供の頃のように

自由と幸せ。好きなように散歩したり、本を読んだり、気ままな生活の日記です。twitter始めました。@edaywalk

福井県というところ13 芝原上水

福井県   嶺北の3つの川

f:id:edwalk:20190908213002j:image

例によって不正確な地図で申し訳ありませんが、福井県嶺北(オタマジャクシの頭の部分)の主な川てのは、3つです。

九頭竜川日野川足羽川です。

上の地図に、この3本を描きました。

 

福井市の真ん中を流れているのは、足羽川

その北に九頭竜川が流れていますね。

 

海は西側にありますから、川は東から西に向かって流れています。

足羽川日野川に合流し、日野川九頭竜川に合流しています。最終的には九頭竜川1本となり、海に注ぎます。

 

福井市の水道

ぼくが子供の頃、福井市の水道の水源は井戸水だと聞かされました。川の水は使っていない。

で、大人になってから、福井市の水道の水源は、九頭竜川と井戸の両方だと聞きました。

昔よりも人口が増えて、九頭竜川の水に手をつけたのですね。

 

当然ながら、川の水は濾過し、毒物が混入していないことを確認して使っています。

 

井戸は市内に58本あります。

多くの地下水は良質ですが、中には鉄分・マンガン等の物質を含んでいて、そのままでは飲めないものもあります。これらの地下水は、鉄やマンガン等を除去する装置を使って水道水にしています。

 

 

昔の生活用水 芝原上水

上に書きました通り、福井城下の地下水は鉄分が多く、上水道として使用するには不向きでした。

このため、福井藩初代となる結城秀康が福井に赴任した時に、家老の本多富正に命じて九頭竜川から水を福井城下へ引くための用水を整備させました。1601年(慶長6年)のことです。

「整備」というのは、もともと農業用水が存在していたので、これを拡張整備させたのです。

これが芝原上水です。

 

飲料水その他住民の生活に必要な水でしたから、用水の扱いについては規則が定められてきびしく管理されたようです。

 

九頭竜川からの取水口

 

f:id:edwalk:20190909182749j:image

この地図は、今の市町村を表示しており、合併を繰り返した福井市が大きなテリトリーとなっていますが、福井の街は、この福井市の真ん中あたりです。

 

で、さきほど、川は東から西に流れていると書きました。

 

九頭竜川は、だいたい福井市の北の境あたりを流れているのですが、この川から福井の街に水を引くためには、取水口は福井の街よりも東の地点からという事になります。

この地図で永平寺町と表示されているあたりから水を取り込み、その流れは西に向かうわけですね。

 

ですから芝原上水は、福井の街よりも東から福井に向かって流れ込むのです。

 

 

芝原上水の福井城下への入口

ではここで、福井市役所観光課や福井観光コンベンションビューローが名を連ねているサイトに書かれている文章の一部を引用します。

 

福井城では、本丸から南東側の屋敷は井戸を掘り、地下水を利用していましたが、本丸の北側から東側の屋敷では、遠く九頭竜川の水を取り入れて整備された上水道を利用していました。これが「芝原上水」です。
 芝原上水は福井城東北の入口、志比口から城下に入り、いくつかの支流に分かれて、城下をうるおしました。今のこっている溝は、この上水が通った水路の跡です。各屋敷にはこの水路から木や竹で作られた樋を通って、水が引き込まれました。

 

「福井城東北の入口、志比口から城下に入り」と書かれていますね。

 

城下、街における芝原上水は分流してました

f:id:edwalk:20190909184901j:image
この写真は、街中に掲示されている説明板です。

この板の地図の部分だけ抜き出しますとこうなります。

f:id:edwalk:20190909190219j:image

この地図は、江戸時代の街の地図です。

今の福井の街とは違っています。

今残っている福井城址は、昔のお城の真ん中部分、この地図に赤い手書きで「今残っているお堀と石垣」と表示した四角く囲った部分です。

その他の黄色い城の部分は、今はもうお堀も埋め立てて、街となっています。

 

芝原上水が福井城下に入り、細かく分かれ、網のようになっていたことが、おかわかりなりますね。

この細かく分かれた用水網は、ほとんど埋め立てられて敷地となっています。

 

さて、この地図の右上辺り、角のところが志比口になります。

九頭竜川から引かれた用水が、福井城下に入ってくるところですね。

 

この志比口から左に向かって斜めに降りてきますが、ここで二股に分かれているところに注目してください。

 

 

今の福井の街を流れる芝原上水

f:id:edwalk:20190909192105j:image

これは、福井の街の中に立っている案内看板です。

説明にちょうど良いので使います。

で、これ、なんか変。不自然な感じ。

はい、上下逆。上が南で下が北です。

で、ひっくり返します。

f:id:edwalk:20190909192840j:image

文字が逆になるし、看板を水平に撮ってないので、ひっくり返すと気持ち悪いですね。

一番右の番号が付けられていない赤い楕円は、志比口と書かれた逆さの文字を囲っただけです。上水が福井城下に入った入り口。

番号の付いた赤丸が3つあります。

 

順番が乱れてすいませんが、②とつけられた赤い楕円は、前回の予告編で辿っていった水路が、松ケ枝公園のあたりで消えたところです。

うえに掲載した江戸時代の地図では、この部分、福井に入って二つに分かれた上の方の水路です。

今は、この楕円の中で暗渠になっていると思われます。

 

この地図の中で、芝原上水は二系統あることがわかります。横に流れるのが上下二つあります。志比口から福井に入り二股に分かれたのが、残っているのです。

しかし、③と付けられた赤い丸の辺りで、下の流れが消えます。

ここから左(西)には、この流れが再び顔を出すことはありません。

 

この③で、縦の南北の暗渠となり上の流れに合流し、そして下にあるお堀の中にも流れ込んでいるようです。

下に表示した看板の写真の左側の縦に走る赤い点線がその暗渠です。

 

 

①と付けられた赤丸の部分は、ちょっと水路が途切れていますが、こうなっています。

f:id:edwalk:20190909195435j:image
f:id:edwalk:20190909195439j:image

一旦、暗渠となって、この水門から顔を出します。

水門の横に設置されている看板も一緒に貼り付けましょう。

 

 

ここで表示したところからさらに西へ芝原上水は流れています

さて、上で示した場所から、さらに西にも芝原上水は流れています。

そこは、上下二本の流れが合流して一本の流れです。ところどころ暗渠になってますが、ちゃんと流れは見ていけます。

 

今日紹介した部分も含めて、街中の芝原上水の様子は、写真をちゃんと撮り直してご紹介させていただくつもりなので、その時はまたよろしくご覧下さい。

 

 

    城下町  水路網消え  秋暑し

    上水の 跡を探して 濁り酒