70代の真実

70代年金生活者の生活と思ってること、その他思がけないことも

強い風の音を聞きながら

福井は朝から風が強いです。

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こういう写真で伝わりますでしょうか。

 

空は薄曇りから、だんだん暗い曇り空になっていき、遅い午後から雨になるという天気予報であります。

現在の空の状況

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家に帰ってから、庭に張った三角タープの一つの頂点の紐をほどき、

他の二つの頂点の間の辺の下に垂らして、石を乗せて固定しました。

 

 

木の枝が風に揺れる様を動く写真でブログに載せたいと思いましたが、動画から動く写真を作るアプリが、たんまり金を出さないとデータをセーブ出来ないらしく、諦めました。

 

iphoneのカメラでライブフォトにすれば、ちょっとだけ動く写真が撮れるのですが、これブログにあげても他のデバイスで見れないんでしょ?

 

まあ、そういう訳で、動画をブログに載せてしまおうかとも考えました。

youtubeにあげれば、できるらしい。

ぼくは過去、いくつかyoutubeに動画上げてます。非公開設定ですが。

動画の倉庫みたいな考えです。

で、公開設定で上げればいけると考えて、やろうと思ったのですが、数秒だけ木の枝が揺れてる動画なんて、見てもしょうもないのでやめました。

 

 

昨日、福井県総合グリーンセンターというところに行って、写真撮って、動画も撮ったので、ブログに上げたいと考えてますが、動画には他の人の顔が映りまくってますから、これは公開できません。

動画って難しいですね。

写真を載せましょう。

綺麗な緑とバラの花。

 

福井の2代目の殿様、将軍の甥を預かった大分の小藩の苦悩?

福井の殿様の話、前編をアップし、8代まで書きました。

 

ぼくはこの中で、2代目の忠直が不行跡で、隠居させられて、大分県の府内藩に預けられたことに興味があり、そのうち調べたいなと思います。

 

大分の府内藩の竹中てのは、関ヶ原に、西軍で参加して、途中で東軍に寝返った大名です。

そこに家康の孫、2代将軍の甥が流されてきて、預かるわけです。

いくら不行跡をしでかしてしまったヤツでも、そういう親戚関係を持つ人をどう扱えば良いのでしょうか?

 

なぜ府内藩なのか?

その理由も勘ぐればいくらでも・・・

 

どういう気持ちでどういう風に扱ったのか。

しかも、この野郎、不行跡のくせに5千石ももらうんですよ。

お気に入りの妾と娘連れてやって来て。

 

その5千石ってなんだ?

預かり人だから、いろんな面倒は府内藩が見るんだから、5千石は忠直の小遣いなのか?

それとも、それで生活してねとセコく言うのか?

扱い間違えると幕府に「俺の甥にそんなことするのか」と難癖つけられてしまうかも。

それにだいたい忠直本人がヤバそうなヤツじゃありませんか。

武装してなくても、どんな文句を言ってくるかわからないし、頭を押さえつけると幕府が・・・

 

府内藩は新しい屋敷を建てて、忠直を迎えました。

府内藩なんて2万石しかない小さな藩です。

 

興味ありますね。

 

それに、この竹中って大名、結局別件で処罰されてしまい、日根野 吉明ってのが新しい藩主になり、忠直を預かっています。

 

忠直は、この地で長く暮らしました。

けっこう悪くない人生みたいな感じです。

 

 

武井壮良かったね、あ、相撲の話。貴景勝無理するなよー。そしてアクセス数の怪奇

大相撲中継のゲストは武井壮

昨日の相撲中継は解説 北の富士で、ゲストは武井壮でした。

よくある有名人のゲストとは違い、解説者顔負けの武井壮の喋り。

内容も素晴らしいし、声、話し方はタレントですから、すごく聞きやすい。なにより感じがいいのです。

解説の北の富士も機嫌よかったし、けっこう気に入ったみたい。

 

これから北の富士の解説の時の相方は、舞の海をやめて武井壮にして欲しいです。

 

 

炎鵬の負けっぷりと力強い栃ノ心

この武井壮が選んだ、今日の一番は、この二つの取り組み。

 

照強に敗れた炎鵬が、土俵の上で仰向けに倒れていましたが、宇良が白鵬に敗れて土俵の上で仰向けにペタンと倒れていたのを思い出してしまいました。

いつ戻ってくるのでしょうか。

 

そして琴奨菊相手の栃ノ心の力強い相撲。

良かったですね、7連勝。

なんとか10勝行きそうな予感。ついでに優勝してちょうだい。

 

 

そして貴景勝、大丈夫かよ

膝が悪くて休場した貴景勝、また戻ってくるんですって。

休んでいてよ。

無理しなくてもいいじゃない。来場所カド番だけど、勝ち越せば良いんだし、今は完全に怪我を治すことに集中して欲しい。

すげく心配。3日しか休んでいない。

 

3週間の治療が必要だって言ってたじゃないの。

 

千賀ノ浦親方が強く反対できない絵本作家が、休むなって言ったのか?

これでダメになっても、弱いから負けるんだって言いそうなあいつが。

 

やっぱり休みますって言ってよ!!

 

 

まあ、やるんなら仕方ないから見るけども。

八角は腹のなかで笑ってるんだろうなあ。

 

 

事故とプリウスの話とアクセス数の怪奇

この前、このブログで書きました。

ぼくは決してプリウスをディスっていません。読んで頂ければわかります。

 

この記事、すごくアクセスが伸びました。

怪奇現象。

 

もしかすると、トヨタの社員たちが、何か悪口を言っていないかチェックに来ているのかもしれません。

 

ぼくは、プリウスの悪口を書いてないので、許してください。

 

 

 

福井県というところ5 歴史篇 江戸時代の殿様たち1

江戸時代になってからの福井の殿様たちのことを書きます。

変な人が多いです。

他の大名なら、お取り潰しでしょということがありますが、2代将軍の兄の家系ということで、お目こぼししてもらってます。

特別扱いで甘やかすとロクでも無いことになるという見本みたいです。

 

最初はそれなりの石高を与えられた福井藩ですが、変な人の出現により知行は減らされていきます。

途中から、藩のテーマは財政再建となっていくのです。

殿様は17代までいます。

 

全部いっぺんに書くと、疲れるし、読む気も無くなりますから、分割します。

 

書き方は、一人一人それぞれ、生まれ等の個人情報と、その人についてのトピックを簡単に紹介するスタイルとしました。

 

初代の結城秀康(松平秀康)については前回触れましたので、2代目から書きます。

 

2代  松平忠直

個人情報

初代藩主の秀康の長男。徳川家康の孫。

12歳の時に父の死により藩主になりました。75万石

2代将軍秀忠の娘、勝姫を正室に迎えました。いとこ同士の結婚です。

 

出来事など

大阪夏の陣で、戦功を上げましたが、評価というか論功行賞に不満。

ぐちゃぐちゃと幕府に対して文句を言い、面白くないので、参勤交代をサボりました

嫁の勝姫(将軍の娘)を殺そうとしたり、家臣を殺したりで、不良藩主ですね。

 

幕府は隠居を命じます。藩主を降ろされます。

九州の大分の方に流され謹慎

それでも5000石は与えられたのですから、やはり特別扱いですね。

 

息子 光長

母は勝姫(将軍の娘)。

父親が藩主を降ろされたので、その跡を継ぎそうになり福井に入りましたが、結局幕府は、3代藩主とは認めませんでした。

越後高田藩の藩主だった叔父の忠昌が福井藩主となり、その後、光長は越後高田藩25万石の藩主となりました。

 

3代 松平忠昌

個人情報

初代藩主秀康の次男。徳川家康の孫

兄の忠直が福井藩主になったので、越後高田藩の藩主となりました。

しかし、兄が不行跡で、藩主を降ろされたので、高田藩から福井藩に移動して、3代目の藩主となりました。

50万石。

 

出来事など

忠昌が藩主になった際、福井藩の石高が減っています。

これは、その時に、丸岡、大野、勝山、木本が福井から分離して藩となったためです。

それぞれの藩には、忠昌の兄弟、および附家老の本田が藩主となっています。

 

 

4代  松平光道

個人情報

3代藩主忠昌の次男。

父の死で、10歳の時に藩主となりました。

 

出来事など

藩主となった時に、父の遺言で、兄の昌勝には松岡藩5万石を分割し、弟の昌親には吉江藩2万5千石を分割して独立させることとなりました

学問・文化の発展のために諸策を行ったことと、度重なる天災の影響で、藩の財政は悪化

資金繰りのために、日本最初の「藩札」を発行しました。

 

正妻の自殺、息子権蔵の出奔

正妻との間に男子が生まれず、側室が男子権蔵(後の松平直堅)を生みました。

正妻が男子を産めないことを苦にして自殺

側室の子権蔵は、この正妻の死の影響で身の危険を感じて出奔しました。

後に、権蔵は、松平直堅となり、幕府が面倒をみて、やがて糸魚川藩祖となります。

 

本人も自殺

光道は、政治的にも家庭的にも追い詰められ、弟の昌親に家督を譲ると遺言して自殺しました。

 

5代 松平昌親

個人情報

3代藩主忠昌の5男。4代藩主光道の弟。

吉江藩2万5千石の藩主でした。

昌親が福井藩主になるのに伴い、吉江藩福井藩に吸収されました。

 

出来事など

後継騒動

4代藩主光道には、昌親の他に、兄昌勝(松岡藩主)がいて、子の権蔵(直堅)がいました。

遺言で、弟の昌親を指名しましたが、藩としては3つのグループが出来てもめました。

 

昌親はイヤになったのか、2年ほどしたら、兄の昌勝の長男綱昌を養子にして藩主を譲って引退してしまいます。

 

 

6代 松平綱昌

個人情報

3代藩主忠昌の長男昌勝(松岡藩主)の長男。

5代藩主昌親の養子。

 

出来事など

この人、理由もなく家来を殺したり、次第に奇怪な行動をとりだします。

発狂というか、ちょっと変になりました。

挙句に、江戸城登城をシカトしました

ということで、蟄居

 

普通だったら、藩はお取り潰しになるのですが、幕府との関係からそういうわけにも行かず、5代藩主昌親のカンバックということにしました。

示しをつけるために、藩の知行は半減で25万石とされました。

 

 

7代  松平吉品(よしのり)

個人情報

名前は吉品と変わりましたが、5代藩主昌親と同一人物です。

5代将軍綱吉から「吉」の字をもらって改名してます。

 

出来事など

知行半減で25万石になってしまったことや、6代綱昌の時の乱れもあり、とにかく財政再建

リストラ、給料カットなどを断行して、苦労したようです。

 

 

8代  松平吉邦

個人情報

3代藩主忠昌の長男昌勝(松岡藩主)の6男。

7代藩主吉品の養子。

 

出来事など

財政再建、経費節減に努力。

けっこう頑張ったみたいです。

時の将軍、徳川吉宗暴れん坊将軍)に褒められて、藩の所領25万石の他に、天領の10万石を預けてもらいました。

 

 

 

後は、また今度

長くなりすぎますので、今日はこの辺で

街路樹の足元

街路樹の足元は、おそらく近所の人が好きなようにしているのではないかと思いますが。

 

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これは種まいたんだろうと

 

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自然なのかな?

 

場所によっていろいろです。

もしゃもしゃと手入れしてないところが多いです。

ずっと揃った花なら良いけど、手間が大変ですし、部外者は何も言えません。

 

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鉢なんぞをそばに集める手もありです。

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その街路樹の前の家の思ったようにしていて、ちょっとした庭気分ですね。

とんでもない事故が続きます。プリウスが多いなあって言うとマズイかな

千葉で起きた事故、駐車場を出ようとしていた車が急発進して向かい側の公園の砂場に突っ込んだやつ、なんで似たような事故が続くのでしょうか。

 

砂場で子供達を遊ばしていた保母さんが、とっさに子供を突き飛ばして救い、自分は車にはねられたそうですね。

おそらく事前に保育園の中でこういう場合の対応を打ち合わせたりしていたのでしょうけれど、本当に素晴らしい対応です。でも、ご本人が入院することになってしまい大変でした。対応を褒めるというのも、他人事で申し訳ないような気がします。

 

またプリウス

ぼくがニュースを見てて、「またプリウスか」と言うと、家内が「それ、ネットでたくさんコメントされている」と教えてくれました。

調べてみると、本当にたくさん書かれてますね。

 

シフトレバーが悪いとか、ペダルの感触がどうとか書いてあります。

でも、実際プリウス運転したことありますが、特にそうとは思われません。

 

そんで、今度の千葉の砂場事件では、駐車場の精算機の前で一回止まっているんじゃないでしょうか?

違うのかな。

 

駐車券を出そうとした時に急発進したとニュースで言ってますが、減速しながら駐車券を探ったのならば、はずみでアクセルを踏んでしまうことは考えられますね。

 

でも、精算機の前で止まってから駐車券を探ったのならば、ブレーキ踏んだままだから、アクセルを誤って踏むことは考えにくいです。

 

警察の調査の結果待ちですね。

 

 

強い電波

話は変わりますが、みなさん、切ってあるラジオが急に鳴り出したりしたこと無いですか?

ぼくは、ラジオを鳴らさずに運転していて、大きなトラックとすれ違った瞬間、ボンと突然ラジオが鳴り出したことがあります。

 

強い電波、違法電波と呼ばれるもので、電気機器が異常動作する例はたくさんあるようです。

トラックの無線で違法電波使っているのって、今はもう無くなったのでしょうか。

 

散歩中にブルートゥースイヤホン使っていると、たまに、ある場所で音が途切れたり、キーンてなったりすることがあります。

何かの電波のせいでしょうね。

 

プリウスなんかだと、電気での駆動もしてますから、そういうのはどうなんだろうと気になったのです。

なんらかの電波での誤作動の可能性って。

 

プリウスに対する疑惑の声が大きくなったら、そういうのはトヨタが検証してくれるのではないかと。

 

 

全くの素人の浅知恵、すいませんでした。

護国神社と竹内涼真似の女子選手。そして部外者は通り抜け禁止

護国神社

福井の護国神社は、道路に向かって鳥居があり、そこから何も無い参道を通ると、再び道路が横切るようにあり、それを渡ると、また鳥居があって、くぐると再び参道、その向こうに杜を背にして社殿が建っているという塩梅です。

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これは最初の参道を奥の鳥居を背にして撮った写真です。

奥にビルに溶け込むようにして鳥居があるのが判別できますでしょうか。

 

振り返った光景は、こういうふうです。

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ぼくは、この途中を遮る道路の存在が前から気になっています。

大昔からある古い社寺などは、もともとの境内敷地が広大で、後に、その境内の一部を民間が使わせていただいて、そこに道路が、後付けでできるというパターンがあります。奈良とかそうですね。

 

でも、この護国神社はそういう古さではないように思えるので、なんか不思議な感じがするのです。

調べると戦前にできた神社で、その後空襲や地震福井市が壊滅状態になって、新しい都市計画に基づいて再建されてます。

ということで道路設置の都合があってこんな状況なのでしょうか。

 

 

ここは、ぼくの意識の中では、いろんな神社の一つという認識しかなく、単なる風景の一つでした。

今日の散歩で、外側の鳥居(1枚目の写真の奥のやつです)の根元に、福井県遺族会の名称が彫ってあったのを見て、ぼくはようやく戦死者の霊を祀る神社なんだと気がつきました。

名前からして、最初から気がつきそうなものですが、意識が無いというのはそういうことですね。

 

道路の件と合わせて、なんかスッキリしました。

 

全国展開の神社ですが、福井のは明治維新あたりからカバーしており、安政の大獄で獄死した橋本左内も祀ってあるとのこと。

 

橋本左内は、先日、作り物のトラが置いてある公園の写真を載せました。これですね。

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この公園は橋本左内公園で、墓もあるし、道を挟んだ隣のお寺が左内を弔っています。

護国神社とは、かなり距離があります。

 

まあ、神社は神道でまとめられていますが、天照大神の系統のものから、殺した相手が祟らないように祀ったものや、朝鮮系のもの、その他諸々で、おおらかなものですから。

 

 

女子ソフト選手たち

野球みたいなユニフォーム姿の女の子たちが、ニコニコしながら歩いているのにすれ違いました。

多分、ソフトボール部なんだと思います。

一番背の高い子が肩幅も広く、髪型が男の子みたいで、女の子に見えません。

遠目で俳優の竹内涼真みたいなんです。

本当に女の子なんだろかと、すれ違いざまに胸のあたりを注目してました。

おだやかながら傾斜がありました。

ポニーテールの子たちも何人かいたので、やっぱ女の子だと安心しました。

皆さん脚が長いのでユニフォームがカッコいいです。

 

 

福井大学のキャンパス

部外者の通り抜けはやめてよねと表示されていますが、かまわず門番小屋の前から侵入しました。

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木が多いし、たぶん学生が少ないからだろうけど、門に車用のバーがあって監視している代わりにキャンパス内に駐車スペースがたんまりあって、地方の国立大学だなあってたたずまい。

 

昔、高校生の頃、友達とここの学食に食べにきたことがあるのを思いましました。

学生は良いですね。ぼくも若くなって、もう一度学生になれるといいなあと思いながら歩きました。